それは、東方司令部にプロポーズと言う名の爆弾が投下した出来事。
「ねぇねぇホークアイ中尉、俺が結婚できる年になったら俺と結婚してくれない?」
休憩中の士官室。多くの者が目を見張り、ロイに至っては持っているカップを落とした。
そんな中、ホークアイもエドワードをじっと見つめている。
唯一反応をしていないのは、さすがと言うか発言者の弟であるアルフォンスだった。
その様子に気付き、エドワードは頭を掻く。
「そうだよな、体の一部が機械鎧のお子様に言われても嬉しくないよな」
あっけらかんとそう答えたエドワードの右手を、ホークアイは優しく包み込んだ。
「そんなことないわよ、エドワード君。すごく嬉しいわ。でも、私みたいな年上でいいの?」
「勿論!中尉なら年齢なんて構わないし!」
「ありがとう、エドワード君。じゃあエドワード君が18歳になったら入籍しましょうか」
「わかった!」
「は、鋼の・・・・一体何を・・・」
ここでやっと回復したロイ。
彼の割ったカップは、アルフォンスが床に錬成陣を書いて直していた。
「てわけで、ここにいるみんなが証人なっ」
ロイのことなど意にも介さず清々しくそう言ったエドワードに、今までになくにこやかなホークアイ。
その勢いに押されて、フュリーとブレダ、そしてファルマンは一応祝福の拍手をする。
そしてさらに固まってしまったロイは・・・・・。
「嘘だろう、鋼の!?」
彼の本日の目覚めは、夢の中で恋人にすがりつくと言う情けないものだった。
さらに言うのであれば、3本の指に入るほどの悪夢だったと言えよう。
「・・・・・何あれ」
「俺に聞くな」
エドワードはナメクジのように机に張り付いているロイを見て、隣のハボックに問いかけるがあっさりと切り捨てられる。
天才の考えることは凡人にはわからないと言うことか、それともこの上司が特別すぎるのか。
執務室のドアを開けてはみたが、ロイに恨みがましい目で見られただけだった。
「で、大将。大佐に用事か?」
「いや?ホークアイ中尉に用事」
二人の会話にロイはピクリと顔を上げる。
「中尉に?中尉は今日非番だろ?」
「知ってるよ。だからここで待ち合わせしてんじゃん」
私用で司令部を使うことに対しての文句はともかく、ロイはエドワードの話の内容に立ち上がった。
「鋼の・・・中尉に何の用事だね?」
「何の用事って・・・デートすんだよ」
「デート?」
「今日1日ちょっと付き合ってもらいたいことがあってさ」
「・・・付き合う?」
「女性の家まで迎えに行くってのもデリカシーないだろ?だから、ここで待ち合わせ」
会話の間にロイはエドワードの前まで歩いてきていた。その威圧感にエドワードは一歩下がり、ハボックも訳がわからずロイを見る。
次の瞬間。
ロイはエドワードに抱きついて叫んだ。
「鋼の!私を捨てないでくれ!」
「はぁ!?」
抱きついたと言うか、抱き潰す勢いでそんなことを言われ、エドワードは驚く。というか、苦しい!
「君は私をデートに誘ってくれたこともないじゃないか!」
「アンタは自分の気分のままに俺を連れだしてるだろう!」
「私のどこが悪いんだ!?何でホークアイ中尉なんだ!?」
「あー、ウザい!」
エドワードはうるさい年上の恋人の後頭部に、機械鎧の右肘で一撃入れる。
予想外の攻撃に地面に落ちたロイを指差して、エドワードはハボックを見上げた。
「何これ、ウザっ!」
「いや、だから俺に聞くなって」
ハボックも驚いた。ある意味修羅場に来てしまったようだ。
その時ノックが響き、部屋の主の答えもないままドアが開かれた。勿論ロイはうめいているので答えようもないのだが。
ドアを開けたのは私服姿のホークアイ。
「エドワード君、やっぱりここにいたのね」
「中尉」
「あ、ご苦労様っす」
「ご苦労様、少尉。大佐の仕事は・・・・・まだのようね」
ホークアイはエドワードの前で沈んでいるロイを見つけてため息をついた。
だが、さすがに非番の日まで銃で脅して仕事をさせようという気はないらしく、仕事の山を冷たく見つめた後、床に潰れているロイを見下ろした。
「大佐、机の上の書類が定時までに片付かないようでしたら、エドワード君は私の家に連れて帰りますから」
ホークアイの言葉にロイがガバッと顔を上げる。
「じゃあ行きましょうか、エドワード君」
「あ、うん・・・じゃな、大佐」
ホークアイに肩を抱かれ、現状に戸惑いながらもエドワードは執務室から出て行く。
残されたハボックが恐る恐るロイを見ると、ロイはドアに縋りつかんばかりの勢いで叫んでいた。
「私を捨てないでくれ、鋼のー!」
ハボックは初めて執務室に防音処理が掛かっていたことに感謝した。そして。
(中尉・・・余計に仕事にならなくなったんじゃ・・・)
心の中で滝のような涙を流したという。
エドワードは落ち着かない気持ちでホークアイと並んで歩く。
いつもは髪を纏め上げ、軍服の女性が髪を下ろして私服なだけでも落ち着かないものを感じているのに。
「あのさ・・・ホークアイ中尉」
「どうしたの?」
「この服・・・・」
「気に入らない?」
問われてエドワードは慌てて首を振る。
先程まで黒の上下に赤いコートだったエドワードの姿は、パーカーにオーバーオールという少年らしいものになっていた。
無論ホークアイの見立てである。
「似合ってるわよ」
そう言って微笑まれてしまえば、エドワードに反論の余地はない。
はにかんだように笑い、そして気を取り直して前を見た。
今回のデートの原因は、エドワードのひとつの疑問から始まっていたりする。
「俺と大佐の付き合いって普通?」
エドワードが年上の恋人のことを相談できるのは、ホークアイとハボックだけだ。
本人に聞くのは馬鹿げているし、兄として弟のアルフォンスには言えない。恥ずかしくて言えない。
それは数日前の休憩時間、資料室にいたエドワードにお茶とお菓子を差し入れに来てくれたホークアイにした質問であった。
「普通って?」
可愛い弟分が困っているのを放っておけるほどホークアイは冷たくはなかった。
むしろ、エドワードが上司によって少しでも傷ついていれば、迷いなく銃を抜くほどにエドワードを気に入っているのだ。
エドワードは少し頬を染め、困ったように上を見た。
「いや、だって・・・俺と大佐って明らかに男同士だし・・・。いや、付き合うのがイヤって意味じゃなくて・・・っ」
エドワードは頬を染めながら、弁解を始める。
普段どんなにつれない態度を取っていても、エドワードはちゃんとロイのことを大切に思っている。ホークアイはこの少年に愛される上司が時々羨ましいぐらいだ。
「食事に行くついでに本屋によるとかさ、図書館に行くついでに公園によるとかさ、大佐はそうやって俺を連れ出すんだけど・・・それって普通に男同士がやること?」
ちょっと言いにくそうにエドワードは問いかける。
その様子に笑みを零し、ホークアイはエドワードの向かい側の椅子に座った。
机の上に散らばった紙、積み上げられたファイル、そして研究手帳。エドワードはお茶を飲むために机の上を整理して、ホークアイの答えを待つ。
ホークアイは答えを待つその様子に口を開いた。
「そうね・・・大佐がエドワード君を優先してデートしているのはよくわかるわ」
「優先・・・・って、デート!?」
「そう、大佐はエドワード君とデートをしたいのよ。でもそう言うときっとエドワード君は嫌がるでしょう?だから、食事と言う名目で連れ出したり、図書館に行くときに公園で息抜きをさせてくれてるんじゃないかしら?」
ホークアイの笑みを伴ったその言葉に、エドワードの顔は最高潮まで赤くなる。
「で、でもさ・・・デートって手を繋いで歩いたり、喫茶店で愛を語り合うものだってウィンリィが・・・」
恋愛経験のない少年は、幼馴染によって非常に偏った知識を植えつけられていたりする。幼馴染自体が恋愛小説によって偏った知識を身につけているので当然なのだが。
「大佐はそうしたいのかもしれないわね。でもエドワード君は嫌がるでしょう?だからしないだけだと思うわ」
ホークアイの言葉に、エドワードは顔を赤くしたまま俯いてしまう。
「俺が嫌がるから・・・?」
「あと、周りを気にする必要がある今の状態ではエドワード君の言うデートはしにくいかもしれないわね
あの人は気にしないかもしれないけれど。
ホークアイは心の中で付け加える。
ロイであれば上司に何を言われようが、周りにどんな中傷をされようがエドワードを諦めることはないだろう。むしろ周りを潰していくタイプだ。
だがエドワードは違う。自分がロイの出世の重荷になるとすれば、容易く大切な物を諦めてしまう。
「で、デートって・・・・」
まだ違うところで悩んでいるエドワードは、微妙にパニックになっていた。
この年齢で恋愛経験を望むほうが難しいのか、エドワードは恋愛に対する知識が希薄だ。その上で相手は女性に対して百戦錬磨の男。そのせいか、エドワードは恋愛に対して何も理解しないままロイに引っ張られているような状態だ。
ロイは恋愛経験が白紙のエドワードを自分の色に染める行為が楽しいのかもしれないが、周りから見ればそれは心配の種である。
ホークアイはふと思いついたように口にした。
「そうだわ。エドワード君、普通のデートをしてみましょうか?」
「普通のデート?」
予想外の言葉にエドワードは顔を上げる。
「って、大佐とデートなんか俺・・・っ」
「大佐が相手とは言ってないわよ」
そう言って、ホークアイはこれまでにない笑みを浮かべた。
例えるとすれば・・・子供が無邪気に悪戯を考えながらそれを楽しみにしている様子である。
「エドワード君、明後日は暇かしら?」
「明後日なら・・・ずっと図書館で本を読んでるつもりだったけど」
「私は明後日非番なのよ。付き合ってもらえるかしら?」
ホークアイは有無を言わさない口調でこう締め括った。
「明後日、私とデートをしましょう」
これがデートのきっかけだ。
「うまい!」
ホークアイに勧められたレストランは、ランチメニューが豊富で味もいい。
「喜んでもらえてよかったわ」
周りに女性が多いのは気になるが、エドワードとホークアイの二人組であれば仲の良い姉弟にしか見えないだろう。
値段もリーズナブルで、堅苦しい雰囲気がなくてエドワードは気に入った。
「中尉はここによく来るの?」
「ええ。知り合いと食事するのに丁度いいのよ。それとエドワード君、今はデート中よ」
「あ、そうか。リザさん」
呼び方を直すとホークアイは微笑んだ。
「大佐が連れて行ってくれるレストランはおいしいところばかりでしょう?」
言われてエドワードは眉を寄せる。
「うーん、確かにおいしいけど。高級志向で堅苦しいって気はするかな。それに大佐、いつも代金自分で払うし」
「大佐の立場を考えたら、払わないわけにはいかないでしょうね」
「だけど、俺だって国家錬金術師だよ?大佐ほどじゃないにしろ、生活に困らないだけの収入はもらってるわけだし」
「エドワード君、知ってる?」
ホークアイはくすりと笑った。
それに首を傾げてエドワードは表情で話を促す。
「大佐がエドワード君と一緒にいるときにお金を出すのは、男の見栄というものなのよ」
「男の見栄ぇ?」
「自分のところにお嫁に来てもあなたを養えます、と行動で示しているようなものなのよ。大佐だけじゃないわ」
「・・・・リザさん、嫁って、俺オトコなんだけど・・・・」
情けないまでのエドワードの表情に、ホークアイは笑いたい心を押さえてフォローとも言えぬ言葉を口にした。
「あら、でもエドワードくんが働いて、大佐が家を守るというのも想像できないわね。帰って来るエドワード君を待ちながら、掃除や料理をしている大佐なんて想像したくないもの」
「・・・・・・・・・・・・・それは同感かも」
いや、だからって俺が大佐を待って掃除や料理をするのも・・・・。
おかしい、よなぁ?
「私もエドワード君がお嫁に来てくれると嬉しいわ」
ホークアイの言葉にエドワードは困ったように笑った。
「リザさんの帰りを俺が食事を作って待ってるんだ?」
「そうね、そうしてもらえると助かるわね」
そしてくすりと笑い合う。
「帰って来たときに手料理があれば、幸せだと思うわ」
「あー、それはわかるかも」
そう言って寂しそうに目を細めたエドワード。
母が死んでから、手料理に迎えられる生活というのはほとんどなかった。
ピナコが料理を作ってくれたことはあったが、他人の家に食事時だけお邪魔しているという意識はあったし、弟子入りしたときは師匠と共に食事を作っていた。
おかげで現在、どこに放り出されても食事だけは作れる腕前にはなったが、その代わり手料理で迎えられる立場からは離れてしまったのかもしれない。
その様子にホークアイは気付き、それが彼に対してあまりよくない会話だと知る。
「エドワード君、食事が終わったらどこに行きましょうか?」
突然の話題転換に、エドワードは顔を上げた。
そして気を使わせたと気付いて苦笑する。
「そうだなぁ・・・映画なんかどうかな?」
「そうね、いいわね」 そして二人は食事を再開したのだ。
「よーす、仕事終わったかー、大佐」
終業時間。
ノックもせずにドアを開けたエドワードに、ロイは驚いて顔を上げる。
そしてその格好を見て再び驚いた。
「鋼の?その格好は?」
「これ?中尉・・・じゃなかった、リザさんが選んで買ってくれた。変か?」
「いやいやいや!似合ってる」
ホークアイが選んだというのが不満ではあるが、エドワードの格好は年相応で非常に似合っている。オーバーオールというのも、彼の活動的な一面を引き出していて悪くない。
「いや!それよりも“リザさん”とは・・・・」
「“リザ・ホークアイ中尉”だから“リザさん”だろー?仕事中じゃないから、階級じゃなくて名前で呼ぶことにしたんだ」
仕事時間外でも自分のことを「大佐」としか呼ばないエドワードに泣きたくなる。何故ホークアイならいいのだろう、と。
「中尉とデートだったのだろう?中尉は?」
「心配すんなよ、リザさんならちゃんと家まで送ってったから」
いや、ロイの心配はそんなことではないのだが。
エドワードはロイの机の上を見て、そこに書類が積んでないことに気付いて感心する。
ロイ自身は本を読んでおり、机の上には途中まで読まれた本が置いてあるのみだ。
「へー、本当に仕事終わらせたんだ」
「勿論だとも!定時が過ぎたら中尉のところまで君を迎えに行こうかと思ってたんだが」
「うん、じゃあ問題ないな」
エドワードはひとつ頷き、身を翻した。
「帰ろうぜ、ロイ。俺が飯作ってやるから」
ロイが言葉の意味を理解する前に、エドワードは部屋を出て行った。
ロイはゆっくりと意味を理解して・・・・ガタン、と立ち上がる。
「待ってくれ、エドワード!」
顔に浮かぶのは笑み。
それは恥ずかしがり屋の恋人が「ロイ」と呼んでくれたという喜びと、自分のために食事を作ってくれるという喜び。
ロイはコートを手に取ると、早足でエドワードを追いかけた。
恋人同士のようなデートはまだまだお預け。
だからせめて同じ家に帰りましょう?
「鋼の、恋人がいるのに他の女性とデートをするのは浮気と言うんだよ?」
「人のこと言えるのか、アンタは」
「・・・・・(汗)」
「今回は、両成敗ってことにしといてやるよ」 |