東方司令部に初雪が降った翌日、世界は白銀に彩られていた。
部下たちが除雪に勤しむ中、温かい室内でコーヒーを飲める自分の立場をロイは喜ぶ。
「最高だな」
「自己満足はいいですから、仕事をしてください」
冷静に突っ込んだのはホークアイ。
ロイはそこで机の上に書類の山が築かれていたことに気付き、コーヒーカップを置いて慌ててペンを取る。
「今日1日奴らは除雪かな」
「でしょうね。随分と降ったようですから」
そう言ってホークアイは目を細め、窓の外を見る。
初雪にしては珍しく、膝ほどまでに積もった雪はイーストシティの交通網を完全に遮断していた。
よって今日は部隊ごとに担当地区を分け、東方司令部敷地内と主要道路の除雪をすることに決定していたのだ。
昨日とは打って変わって綺麗に晴れて降り注ぐ太陽光は、白銀の雪を照らして輝かせている。
ロイは気を取り直して書類を手に取る。このまま仕事をサボって外に追い出されるのは遠慮したい。
その様子にホークアイが口許を緩めたその時。
「喰らえ、ハボック少尉!!」
「はぁああっ!ちょ、待て、大将!!」
ぼすっ!!
わぁっと歓声。響いた声は聞き覚えのありすぎるものでロイとホークアイは顔を見合わせた。
ロイは立ち上がって窓を押し開ける。その途端、急激に外の風が中に入り込んできたが、構ってはいられない。
白銀の中にまばらな青の軍服たち。その中で一層目が引く赤いコートと金色の髪。その横でなにやら文句を言っているらしい鎧の姿も見間違えるわけはない。
少年は両手に抱えるほどの大きさの雪玉を持っていた。
「さーて、次の餌食はどいつだー?」
エドワードのその発言に。
東方司令部の庭が除雪担当だった士官たちは揃って雪を掴む。
「喰らえ、エド!」
「甘い甘い!」
ブレダが投げた雪玉をひょいと避けると間髪入れずに持っていた雪玉を投げる。
規格外の大きさの雪玉はあっさりとブレダの頭に当たり、ブレダの体は雪に沈んだ。
「駄目だよ、兄さん!もっと小さな雪玉にしないと!」
「えー?小さいと面白くねぇじゃん」
兄弟がもめている間に、エドワードの顔面に雪玉が襲来した。
響く歓声。
そして犯人は。
「ハボック少尉ー?」
「反撃させてもらうぜー、大将!」
そのまま場は上司部下、そして国家錬金術師とその弟を巻き込んだ雪合戦へと突入する。
「帰って来てたんですね」
ホークアイの呟きにロイは頷いた。
「そうだな。寒いと言うのに随分と元気だ」
「子供は風の子ですから」
体の大きいアルフォンスは目標になりやすいらしく、エルリック兄弟は二人で組んで反撃を始めている。
軍人たちは影ながら上司に雪玉をぶつける者、日頃の恨みを晴らそうとしている者も存在し、日常の人間関係を窺える雪合戦となっていた。
白銀の雪の中、その動きが映える赤いコート。
その足元で雪に錬成陣を書く弟。錬成反応が走ったかと思うと雪は大量の雪玉へと変わっていた。
「ナイス、アル!」
「やるよ、兄さん!」
年相応の子供の顔で笑って。随分と楽しそうだから。
(妬いてしまうね、鋼の)
ロイは小さくため息を零した。
自分の前でははしゃいだ子供の顔を滅多に見せない彼だから。
そんなことで意識をはずしていた次の瞬間。
顔に襲来した衝撃。隣のホークアイがこらえ切れずに小さく噴き出したのがわかる。
「スカした顔して見下ろしてんじゃねーよ、大佐ー。仕事してんのかー?」
犯人は赤いコートの錬金術師。
雪玉の命中率を誉めるべきか、それとも上司に雪玉をぶつけたことを叱るべきか。
「相変わらずだね、君は」
顔と軍服に残った雪を払い、ロイは壁に掛けてあったコートを手に取る。
「少々出てくる」
「温かいものを用意しておきます」
「ああ、頼む」
ホークアイは執務室を出て行くロイを見送って、もう一度窓の外に視線を落とした。
再び混戦の様相を呈してきた司令部の庭は、除雪と言う当初の目的を果たせないほど踏み荒らされている。
ホークアイは雪玉をひょいひょいと避けて行くエドワードの姿を目で追って、笑みを零した。
「おかえりなさい」
間もなく庭に登場した上司は、部下に集中的に雪玉を投げられたが発火布を鳴らして雪玉を蒸発させると言う荒技を取った。
「卑怯くせぇ!」と上がる批難。そして再び始まる雪合戦。
それをしばらく観賞して、ホークアイは温かい飲み物を全員分用意するために窓から離れたのだった。 |