「本日全員17時00分で業務終了!私服に着替えて中央司令部玄関ホールに集合だ。不参加と軍服着用は認めない。返事は?」
突然士官室に現れ、そう言った中央司令部最高司令官エドワード・エルリック中将(27歳・女性)に部下たちは何を言えただろうか?
「「「Yes,Sir」」」
返事を出来たのはブレダ、ファルマン、フュリーと言う3人。
ハボックは何かを言いたげに固まっているし、ホークアイすら反応出来ていないようだった。
そして残ったロイは。
「・・・あの、エルリック中将。一体何の話ですか?」
力のない問いにエドワードはにっと笑う。
「内緒♪全員参加だからなー。5時までに仕事を終わらせろよー」
ともかく嵐は去って行った。
現時刻17:08。
ロイをはじめとする男たちは、中央司令部の玄関で顔を合わせていた。
「俺、大佐と一緒に歩きたくねぇ」
「俺もだ」
そう呟いたのはハボックとブレダ。
軍服であれば比べられることはないだろうに、私服のせいでロイの容姿の良さが際立っているのだ。
全員コートとマフラーと言う姿にもかかわらず、どうしてこれほどまでに違うのか。やはり着ている服と給料の違いだろうか。
「容姿の違いだ、諦めろ」
そう言ったのは劣等感の原因であるロイ。
ハボックが純粋に殺意を抱いたとしても仕方なかっただろう。その時。
「お待たせー」
明るい声を上げて階段を下りてきたのはエドワード。その後ろにホークアイとロスもいる。
エドワードは真白のコートに赤いマフラー、そしてジーンズと言う質素な姿。後ろの女性二人もパンツルックだ。
女性が3人もいて一人もスカートを穿いていないことが残念でならない男たちである。
「よーし、全員揃ってるな。じゃあ行くか」
そう言って先を歩きだすエドワード。その隣に並んだのはロイだ。
「中将、司令部を空けてもよろしいのですか?」
「夜勤の人間はちゃんといる。事件が起きれば現場に駆けつければいいだけの話だ」
随分とアバウトな考え方だが、エドワードがそれでいいというのならそれでいいのだろう。
そしてもうひとつの疑問を口にしようとした時。
「さーて、黙ってついて来いよー」
先にエドワードに先手を打たれ、ロイは肩を落とした。
15分ほど歩いてたどり着いたのは、少々市街から離れた歓楽街の小さな飲み屋だ。
看板が出ていないその飲み屋のドアをエドワードは開ける。すると中から声がした。
「お、エド!やっと来たか!」
「久しぶりー、おっちゃん。軍曹は来てる?」
「おう、上で一生懸命用意しとるよ」
「おお、さすが俺の部下」
言われてそういえばブロッシュが不在だったことにロイは気付いた。
目的地が飲み屋だと知って目を輝かせている男たちのうち、ハボックがエドワードに問う。
「中将、目的地ってここですか?」
「一応な。おっと、まだ座るなよ」
今にも席について酒を頼みそうなハボックに制止をかけ、その後ろにいるロスとホークアイを見る。
「ロス少尉、先行って座ってていいぜ。ホークアイ中尉も」
「はい、ブロッシュ軍曹のお手伝いをしてきます」
ロスはそう答え、ホークアイを誘って店の奥の階段から上に上っていく。
それを見送ったロイはエドワードを振り返った。
「飲み会ですか?」
「まぁな。遅くなったが歓迎会とでも思ってくれればいい」
「ほら、エド。食い物も出来てるぞ」
奥から皿に山盛りのオードブルを出してきた店の主人に、ハボックたちは歓声を上げる。
エドワードも満面の笑みを浮かべた。
「サンキュー、おっちゃん。いつもありがとなー。ってわけで運べ、男ども。そのためにここに残したんだから」
エドワードの発言に、ロイたちは固まる。
「運ぶ・・・んですか?」
恐る恐る問い掛けたのはフュリー。
それを見てエドワードはにっと笑った。
「食事も酒も上にはないから、食べたり飲んだりしたければ自分で運ぶしかないわけだ。てわけでおっちゃん、ワイン一瓶頂戴。グラスもね」
「・・・ハボック、ブレダ、ファルマン、フュリー、運べ」
ロイの命令に4人は肩を落とした。
働かざるもの食うべからず。結局ロイも全員分のビールを運ぶのを手伝わされたのである。
飲み屋の2階は団体用なのか広い部屋が一室あるだけだった。
ブロッシュとロス、そしてホークアイが椅子を並べて準備が万端であった広いテーブルに広げられたのはたくさんの食事。
パイシチューに若鶏のステーキ、フライドポテトやサラダにオードブル、酒のつまみになりそうなものもたくさんある。
飲み屋の2階は大きく窓が開かれていて、そこから月の光が差し込んでいた。準備のため動いていたブロッシュが部屋の電気を消し、エドワードは立ち上がって窓の端に寄りかかる。
エドワードの手にはワインがあり、その水面が揺れていた。それに誘われるように各自が自分の飲み物を手に持つ。
「それでは改めまして、中央司令部就任オメデトウ。各自鋭意努力するように」
エドワードのくるぶしあたりから頭を越えるあたりまで開かれた窓から入り込む月の光により、エドワードの表情は逆光で見えない。
そんな中、エドワードはグラスを持っていない手をすっと窓側に差し出した。
「3」
ロイたちは疑問符を浮かべる。
「2」
ロスとブロッシュは笑みを深くする。
「1」
そして。
ゼロと同時にエドワードは指を鳴らし、そして。
ドォン!!
窓の向こうに開いた花火。
ロイ、ホークアイ、ハボック、ブレダ、ファルマン、フュリー、全員が目を見開く。
「セントラルにようこそ、歓迎するぜ!」
そう言ってグラスを掲げたエドワード。それに同調するように全員が興奮を含んでグラスを掲げた。
「乾杯!!」
花火の音をBGMに宴会は始まった。
ロイはエドワードのグラスにワインを注ぎながら疑問に思っていたことを問う。
つまりこの花火は仕込んだものであったのかということ。
答えは意外に容易く返ってきた。
「毎年この日にセントラルでは花火を上げるんだよ。冬は空気が澄んでいるから、夏より花火が綺麗に見えるし、娯楽が少ない冬のサービスのひとつらしいんだが。そんなとき偶然この店を見つけてさ、特等席だって知ってからは毎年利用させてもらってるんだ。なぁ?」
エドワードの言葉にロスとブロッシュは頷く。
「じゃあ、カウントと同時に花火が上がるってのはタネがあるんすか?」
ハボックの問いにエドワードはクスリと笑った。
「俺は夜目が利いてな。視力も悪い方じゃない」
「は・・・?」
「花火の打ち上げ場所である方向を見れば、開始直前に小さくて低い花火が上がる。音も聞こえないような小さな花火だけどな。その火花が家々の隙間に見えてから10秒カウントすればいいだけだ」
なんでもないことのようにそう言うエドワードに、ファルマンは困ったように言った。
「女性を落とす手段に使えばイチコロのような気もしますが」
「パフォーマンスとしては最高だろ?」
女性のくせに最高に男前の笑顔でそんなことを言う。
すっかり部下たちも打ち解けているこの状況で、ロイは苦笑を零した。
顔を合わせるたびに惹かれる要素を露わにしていくこの上司。
(いつかこの花火を二人きりで見たいなどと言ったら殴られるのだろうな)
他の女性であれば口説く落とす自信があるのに、エドワードに対してはこんなに弱気になってしまう。
まぁ仕方ないかとロイは窓の外の花火を見た。
赤、青、緑。色とりどりの炎色反応はどちらかといえば自分の専門。指を鳴らしてあの色を作り出すことは無理ではないのだが。
今はいいさと思う。そう簡単に手に入れられる女性だとはハナから思ってはいないのだから。
「おーい、意識飛ばしてんな、マスタング大佐。飲め」
エドワードに声を掛けられ、ロイはグラスを持ち上げてエドワードから酌を受けた。
ホークアイとロスは何故かフュリーを挟んで会話を繰り広げている。何とも言えない表情のフュリーが少々可哀想だ。
そしてハボックとブロッシュ、そしてブレダは肩を組んで歌い始めていた。微妙にブレダは歌が下手なようだ。
「いいのですか?こんないい店を私たちに教えて」
ロイの問いにエドワードは一瞬毒気を抜かれた顔をし、そして笑みを零した。
「別にいいさ。気の休める店も必要だろ。まぁ、女口説くのに使えばさすがに文句言うけどな」
「そんなことはしませんよ」
そして二人は互いのグラスをぶつけて、高い音を鳴らした。
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