それは、珍しくもアルフォンスからロイへと投げ掛けられた問い掛け。
執務室にいるのは二人だけ。ロイとアルフォンスは二人きりになるのも珍しい。
「珍しいね。君が私にそんなことを聞くなんて」
「すみません。この前図書館で記憶を失った人の話を読んで疑問に思ったんです」
「悪いことではないよ。でも君は、私が誰と答えるか聞かずともわかるのではないかな?」
ロイの言葉にアルフォンスは確信めいて問い掛けた。
「兄さんですか?」
「残念ながら他に思い浮かばない」
全ての記憶を失ってまっさらな記憶に一番最初に入り込むのが暑苦しい男であるなんて勘弁したいし、女性であってもホークアイは遠慮したい。記憶を失っていようとも銃を突きつけられて働かされそうだ。
「勿論君のことだ、私に聞く前に鋼のにも聞いたのだろう?」
「・・・はい」
アルフォンスは鎧の頭を俯かせ、金属の擦りあう音を小さく鳴らした。
「ボクはウィンリィ・・・幼馴染で、兄さんはボクって答えてくれました」
「・・・・・・そうか」
幾分残念そうな声。
だが興味深い部分もあったのだろう。ロイは片眉を上げた。
「君がウィンリィ嬢を選んだ理由を聞いてもいいかな?」
「えっと・・・ボクは兄さんの悲しむ顔が見たくなかったから、です」
問われてアルフォンスはきちんと答える。
「ボクが目覚めて記憶がなくなっているってわかったら、兄さんはすごく悲しい顔をすると思うから。そんな兄さんの顔は見たくないから・・・ウィンリィならきっとうまく兄さんに説明してくれるから・・・」
兄思いの答えにロイは目を細める。
確かにあの弟思いの優しい少年は弟が突然記憶を失ったことに気づいた時、つらい顔をするだろう。そして安心させるためにこちらが苦しくなるような笑顔を浮かべるだろう。
エドワードはそう言う人間だ。
アルフォンスはぴょこんと顔を上げて、ロイを見た。
「あ、でも兄さんがボクを選んだ理由は・・・・」
「明日目覚めたら記憶が失ってるぅ?」
「うん。それが最初からわかってるとして、兄さんは誰の隣で眠りたい?」
宿の一室。
エドワードはベッドの上で研究書を広げ、アルフォンスの問いに口を押さえた。
「んー・・・アルかな」
「大佐じゃないの?」
アルフォンスの問い掛けにエドワードは頬にさっと朱を走らせ、アルフォンスを睨む。
「アル!」
「だってそうじゃないか。好きな人の隣の方が安心しない?」
「っ、別に」
エドワードは乱暴に研究書のページをめくった。
「俺が記憶を失うなんて真似があれば、アルが大佐に連絡入れるんだろ?そうしたら大佐はまず間違いなく俺の目の前に現れる」
「? うん」
「だったら一番最初に会わなくても、あいつは絶対俺に会う。それであわよくば記憶を取り戻させようといろいろ画策する!」
目覚めて一番最初に出会う必要なし!
エドワードの回答にしばらくアルフォンスは固まっていたが。
しばらくして堪えきれないようにくすくすと笑い出した。
「アル・・・っ」
「いや・・・兄さんらしいなって。そうだよなぁ、そうだよねぇ」
エドワードはちゃんとロイを理解しているのだろうと思う。
出会う優先順位が入れ替わっても、ちゃんと相手にたどり着くことを疑っていない。
「でもさ、何でボク?他にもウィンリィとか師匠とかいるのに・・・」
「・・・・アルは人伝に俺が記憶を失ったことを知ったら、俺に会わずにいなくなるだろ?」
言われて。アルフォンスは固まった。
「自分がいなければ国家錬金術師を続ける必要はないとか、記憶を失った俺の重荷になるとかそういう余計なこと考えて、回りに自分のことを口止めしていなくなるタイプだ」
「そんなこと・・・・」
「そんなことあるよ。挙句の果てに大佐に預けていきそうだ。それは勘弁して欲しいんだよ」
少しからかうように、それでも釘を刺すように。
そう言うエドワードにアルフォンスは反論できなくなった。
それは確かに少なからず自分が考えたことのある方法で。自分がいなければと思ったことも何度かあって。
それを見透かされているとは思いもしなかった。
「だから俺は記憶を失っていようとまずアルを捕まえる。弟だって白状させて、自分の記憶を探す。よって記憶を失った俺が出会う優先順位はアルが最優先だ」
そう言って太陽のような笑顔を浮かべるエドワード。
アルフォンスは心が温かくなるのを感じて、ないはずの自分の表情が綻んでいるのを知ったのだった。
「なるほど、鋼のらしいな」
「はいっ」
嬉しそうに答えるアルフォンス。
兄が誉められているように思えるのだろう。表情はわからなくとも微笑んでいる様子がわかった。
「私も少なからず鋼のに信用されているのがわかって嬉しいよ」
ロイの言葉にアルフォンスは小さく笑い声を洩らす。
「出会う優先順位が違っても、ちゃんと大佐は自分のところに来てくれるって兄さんはわかってるんですものね」
「そうだね」
ロイは答え、そして背後の窓を振り返った。
そこから差し込む太陽はあの少年を思い出させる金色。
もし翌朝記憶を失うとしたら、誰の隣で眠ることを選ぶか。
ロイはエドワードの隣で眠ることを取り消す気はない。
まっさらな記憶に一番最初に刻み込まれるものはあの金色であって欲しいと願うから。
ノックが響いてドアが開く。顔を覗かせたのは件の少年。
「アル、お待たせ!やっと見つかったぁ」
「本当?見つかってよかったね」
「鋼の、書庫の鍵を返しなさい」
「はいよ」
エドワードは執務室に足を踏み入れて、ロイの手に書庫の鍵を落とす。
「目的の資料はどうしたんだい?」
「手帳に書き写して元の場所に戻した。持ち出さない方がいいんだろ?」
「そうだね」
そうしてロイは柔らかな笑みを浮かべる。
思わずそれを見てしまったアルフォンスは見てはいけないものだと顔を逸らした。
「いつも君は可愛くないことばかりを言うから心配していたが、君に信頼されていたようで嬉しいよ」
「は?何の話・・・・」
そこまで言って。
エドワードは顔を逸らしているアルフォンスを振り返った。
「アールー?何を話しやがった!?」
「別に悪いことは喋ってないよ?」
視線を逸らしたままそう答えたアルフォンスはぴょこんと立ち上がり、ロイにひとつ頭を下げた。
「じゃあお邪魔しました」
「ああ、お疲れ様。また来て鋼のの話を話しておくれ」
「はい!」
「だから何を喋りやがった!?」
逃げるようにアルフォンスは廊下へと飛び出していく。
ロイへの挨拶も放り出して弟を追いかけて行ったエドワードに、ロイは笑みを含んだため息をついた。
出会う優先順位は弟が先。それでも自分と出会えることを疑っていないのであれば。
それでいいかとロイは微笑を零した。
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