「書庫整理?」
ロスから言われた言葉にエドワードは首を傾げた。
「はい。去年1年分の事件資料と各研究論文が纏まったので、各施設へ資料を運ぶのと同時に書庫整理をしてしまおうということらしいですよ」
「そりゃあまぁ効率が良さそうで思いっきり傍迷惑な話だな」
「本日から1週間は中央司令部内の書庫整理のため、書庫の使用は出来ないとのことです」
「了解」
ロスの言葉にエドワードは片手を上げて答えた。
新しい論文が入ったとなれば見に行きたいという気持ちはあるが、それは書庫整理が終わってから行けばいい話だ。
「力仕事の手伝いはいらないのか?」
「力仕事の得意な人は本を乱暴に扱うので逆に迷惑だそうですよ」
「違いない」
ロスの答えにエドワードは苦笑を零した。
中央司令部の書庫が出入り禁止である以上、資料が欲しければ別の場所まで取りに行かなくてはならない。
散歩ついでに国立図書館まで事件記録を取りに行ってきたエドワードは、目の前の階段を上っている女性を見つけて軽く目を見開いた。
視界を遮るほどのファイルを両手で持っている軍人女性。制服がスカートであることから内勤事務担当であることがわかる。
その女性は肩につかない長さで髪を切り揃えていた。エドワードの位置からでは顔は見えないが、彼女は眼鏡をかけているだろう。
「シェスカ」
「え!?」
「っ!馬鹿!!」
エドワードが名前を読んだ瞬間、その女性は思いっきり振り向いた。
その瞬間両手からファイルが零れ、階下に落ちようとしたファイルに向かって女性は手を伸ばしたのだ。
勿論バランスを崩した女性は宙に身を投げ出され。
エドワードは咄嗟に腕を伸ばしていた。
「シェスカ!」
落ちてきた体をうまく抱きとめた瞬間、右足に鋭い痛みが走り、顔をしかめる。
エドワードは女性を庇ったまま床に倒れこんだ。ついで響くファイルの束が落ちる音。
「・・・・え、エドワードさん?」
相手は抱きとめてくれたのがエドワードだと気付いたのか、恐る恐る声を出す。
だがその平和そうな声に・・・エドワードが切れた。
「この馬鹿!階段の途中であれだけのファイルを持ちながら勢いよく振り向く奴がいるか!!」
「ご、ごめんなさい!!」
一息で言い切った説教に女性は首を竦める。
その女性は予想に違わず眼鏡をかけている女性だった。
名前はシェスカ。エドワードとは短くはない付き合いの相手である。
申し訳なさそうな顔で自分を見つめる相手に、エドワードはため息をついた。
「そういえば書庫整理をしてるって言ってたっけか」
「は、はい!」
シェスカは資料課勤務の事務担当軍人だ。エドワードが職を紹介したのだからそれはよく理解している。
エドワードの次の言葉を待つシェスカに、エドワードは軽く手を揺らした。
「さっさとファイルを集める」
「はい!」
エドワードの言葉にビシッと立ち上がり、回りにばら撒かれたファイルを集め始めるシェスカ。
それを横目で見つつエドワードは立ち上がろうとして。
走った痛みに顔をしかめた。
その様子に気付いたのか、シェスカはファイルを集める手を止めてエドワードを振り返る。
「・・・エドワードさん?どうしたんですか?」
「・・・悪い、シェスカ。そのファイルを運ぶついででいいから、ブロッシュ軍曹か・・・いなければアームストロング少佐を呼んできてくれ」
「それは構いませんけど・・・エドワードさん?」
エドワードの顔色の悪さにシェスカは「まさか」の表情を浮かべエドワードを窺う。
エドワードは床に座りなおし、苦笑を浮かべた。
「悪い、右足を捻ったみたいで動けねぇや」
「えー!?」
エドワードの告白に、シェスカは再びファイルを落としそうになりながらもそれに耐えて。
そして膝をついてしくしくと嘆き始めた。
「ああー、私ってダメな人間なのよ、本読む以外に何もとりえがなくって、エドワードさんに怪我をさせてしまって」
長くなりそうな自己嫌悪に、エドワードは呆れた笑いを零す。
「いや、嘆かなくていいからブロッシュ軍曹を呼んできてくれないかなぁって」
「・・・・何をやっているんですか?」
背後から聞こえた問い掛けにエドワードとシェスカは振り返った。
そこにいたのはロイとハボック。二人ともコートを着ていることから考えれば、外回りの帰りだろう。
「なんてところに座ってんすか、中将」
「座りたくて座ってるわけじゃねぇんだけどな」
ハボックの言葉にエドワードは苦笑を零した。
ロイはファイルが撒き散らかされている惨状に眉を寄せる。
「エルリック中将、何事ですか?」
「あ・・・!私が悪いんです!私の不注意でエドワードさんを怪我させてしまって・・・!」
「怪我?」
シェスカに発言にロイは弾かれたようにエドワードを見る。
エドワードは軽く手を振った。
「大したことねぇって。トチって足を捻っただけ」
「・・・・て、座り込んでるってことは中将、立てないんじゃないんすか?」
ハボックの突っ込みにエドワードは小さく笑うだけで肯定する。
それに気付いてシェスカは慌てて立ち上がった。
「ブロッシュ軍曹かアームストロング少佐を今すぐ呼んできます!」
「おー、急がなくていいぞー」
「いや、その必要はない」
シェスカの発言を断り、エドワードの発言を無視する形でロイはエドワードの前に膝をつく。
そして。
「へ?」
次の瞬間、軽々とエドワードの体は抱き上げられていた。
その光景にエドワードどころかハボックとシェスカも目を見張る。
「・・・軽いですね」
間近な距離で幸せそうに笑ったのはロイ。
その甘ったるいロイの顔にハボックは視線を逸らし、シェスカは顔を真っ赤に染めた。
そして。 エドワードはゆっくりと状況を認識し、一気に顔を赤く染めた。
「下ろせ!マスタング大佐!」
「嫌です。あなたは足を怪我しているんですよ?」
「肩を貸してくれれば歩ける!」
「悪化したらどうするんですか?暴れたら落ちますよ」
「ガキか、俺は!」
「子供なら肩に担いで運んでます。ほら、大人なら少し静かにして下さい」
にっこり笑顔でそう言うロイにエドワードは言葉を詰まらせた。
エドワードはここ数年、他人に抱き上げられたことはほとんどない。手足を取り戻す前はそれなりにあったが。
手足を取り戻して以降は1、2度無理をしてアームストロング少佐に担がれた程度。
27にもなって軽々と抱き上げられるなんて恥ずかしいことこの上ない。まだ少年時代であれば許せるのに。
そしてロイは怪我をしたエドワードを医務室まで運ぶという大義名分があるせいか妙に強気だ。
「ハボック少尉!」
「ぅはいっ!」
いきなり自分に矛先が来て、ハボックは妙な声で返事をした。
エドワードは恥ずかしさを紛らわすために乱暴に怒鳴る。
「その子を書庫まで見送ってやれ!階段から落ちて怪我をしないようにな!」
「了解っすー」
エドワードの言葉だけでここで何が起こったかを悟ってしまい、ハボックは一応敬礼をする。
ハボックは落ちたファイルを拾いながら、呆然と二人を見送ったシェスカに声を掛けた。
「じゃ、書庫まで行きますかね」
「は、はいっ!」
その後、ハボックから事情を聞かされ医務室までエドワードを迎えに行ったブロッシュは、妙に機嫌がいいロイと不機嫌オーラを撒き散らしているエドワードを見て思わず逃げ出しそうになったと言う。
「・・・屈辱だ」
あんなに軽々と抱き上げられるなんて。
顔を真っ赤にしたエドワードのそんな呟きが聞こえるのは、ロイがいなくなったあとの話。
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