視線で人を殺せるってこういうことを言うんだな。
殺意があるわけではないが、あまりにその視線が強すぎて、意識しないように、と思っても意識してしまうのは仕方がないと思う。
知り合った当初は、僕の一挙手一投足を見張っているような視線。その時のことを随分経ってから「いつ様態がおかしくなるか気が気じゃなかったと溜息交じりに愚痴られた。
もう一度、同居をするようになった当初は、噛み付くような視線。お互いに変われると思ってもすぐには変われなくて、口には出さないジレンマが視線という形になって現れたようだ。
そして今は。
うららかな午後、出かけるようにも、何となく気が乗らなくてリビングのソファでゴロゴロしていると、同居人が声を掛けてきた。
「暇そうですね、悟浄」
「んあ?、八戒いつ来たの?」
悟浄がボンヤリしていた所為か、はたまた、八戒が気配を消すのが上手い所為なのか?、両方かも知れないが、背もたれを挟んだ向こう側から顔を覗かせて声を掛けられる。それまで悟浄には、そこに八戒がいることに気付けなかった。トロンとした目を八戒に向ける。その様子を見て、八戒がクスクスと笑った。
「なんだか、脳味噌まで耳から流れ出しそうな顔をしていますね、珈琲淹れますけど、飲みますか?」
「んー、飲む」
「じゃあ、待っていて下さいね」
そう言い残して、八戒のすらりとした後ろ姿は、キッチンの奥に消えた。
暫くすると、キッチンからコーヒーの芳しい香りが漂ってくる。このひとときが悟浄はかなり気に入っていた。むくりと体を起こして、ハイライトに火を点けた時、突然、八戒から声を掛けられた。
「僕の背中に張り紙でも付いていますか?、悟浄」
キッチンで珈琲を淹れている八戒は、悟浄に背中を向けたままだ。悟浄の加えていたハイライトの灰がポロリと床に落ちて、形を崩す。
「え?、何で?」
「貴方の視線は、強すぎるんですよ」
決して不快なものではないですけどね、笑いながら八戒が姿を現す、マグカップを2つ持って。その片方を手にとって、悟浄ががしがしと紅い髪をかき混ぜながら呟いた。
「つーか、俺、お前のこと見てた?」
「はい?」
向かいのソファに腰を下ろそうとして、中腰の姿勢のまま八戒の動きが止まって、珍しいものを見るような視線を同居人に送る。
「意識していなかったんだけど、俺見てたんだ、八戒のこと」
「え?。貴方、無意識ですか?」
「・・・・・。みたい」
悟浄は、本気で八戒に指摘されるまで、気付かなかったようだ。そう言えば、八戒の姿がよく目に付くなあ、とは思っていたのだが。
一方の八戒は。
「八戒?」
いきなりとんでもないことを聞かされたとでも言うように、ぱっくりと口を開けたままの表情で止まってしまった。それから、みるみる顔に血が上ってくる。悟浄は、この八戒の変化に珍しいものをみたと思いながらも、内心焦ってきた。自分はそんなにとんでもないことを言ってしまったのだろうか?と・・・。
「無意識・・・だったんですか・・・」
すとんと力が抜けた様にソファに腰を下ろす。そして、そのまま顔を両手で覆ってしまった。
「えーと、八戒・・・?」
「いえ、何でもないんです。貴方が悪いわけではないので、ただ、自分の自意識過剰っぷりに恥ずかしくなってしまって・・・」
気にしないでください、とまだほんのりと赤くなった顔で笑顔を向けられたが、何となく釈然としない。だが、外見に似合わず頑固な八戒のことだから、食い下がっても決して口を割ろうとはしないだろう。
そう判断して、悟浄は謎を残したまま次の話題を提供した。
今の貴方の視線は、強すぎて。
ただ、その感じる視線には、悪意は全くなく。
むしろ、 安心できる強さだと思っていました。
それが貴方の無意識の行動だというのなら、
結局出逢ってから今まで、貴方の瞳の「紅」に僕は囚われているままなんでしょうね。
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