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電話の音
「良いか、あくまでも連絡用だ!。それ以外のことに使うんじゃねーぞ」
先日、各々の連絡用にと、それぞれに携帯電話を三仏神から渡された。掌に収まる小さな機械を4つ持ってパーティーに戻って来た最高僧は、眉間の皺をさらに深くしてと紅い目の男にきっかりと視線を合わせて注意する。
「何でオレ限定?」
「お前が一番、連絡が取れなさそうだからだ」
「Webに接続していても、電話を繋がるんだから問題ねーじゃん」
「やっぱり、出会い系に使う気満々じゃないですか、悟浄」
悟浄と三蔵の言い争いをさらに八戒が混ぜっ返す。それでも、三蔵は難しい顔をしながらも、3人の掌に携帯電話を手渡した。所詮、坊主。基本的には、真面目な男なのだ。



「なに?、お前渡されたままの設定なの?」
それから暫くしたある日、木陰で携帯電を弄っていた八戒の手元を悟浄が覗き込んで驚いた声をあげる。元々、あまり物には執着のない八戒は、渡されたままの状態でズボンの尻ポケットに入れたままにしてあった。まめに充電はしているものの、それ以外は個人で設定をした跡が見られない。
「あ、ちょっとだけ弄りましたよ」
一方、悟浄の携帯電話は、ストラップがゴテゴテと付いて、待ち受け画面なども変わっており、手渡された時の面影がなくなっている。2人の電話を並べて、元々は同じものだったと言われても、ちょっと信じられない。
 八戒の誇らしげな答えに、悟浄は少し瞠目した。
「どこをよ?」
「ベルの音が五月蝿いのでマナーモードにしました」
確かに画面を開くと、スピーカーに禁止マークが付いている。誇らしげに答える八戒の向かいには、上を向き片手で目を覆う悟浄の姿。
「どうしました?」
「お前、そんなつまんねーことすんなよ!。折角着メロだってダウンロードできるのによ!」
貸してみろ!、と八戒の手から彼の電話を奪うと、俺が設定し直してやる。と言い置いてその場を去ってしまった。
「別にいらないですよー」
残されたのは、未練がましく抗議をする八戒の姿だけだった。



 10分ほど経った頃、悟浄が奪っていった機械を手に戻ってきた。その場に取り残された八戒は、元いた場所で、ジープを膝に乗せペットの毛づくろいをしていた。
「うちの子は無事なんですか?」
八戒の嫌味をさらりと悟浄が切り返す。
「無事だよ、つーか、頭良くなって戻ってきたぜ」
「バカな子ほど可愛いのに・・・」
「そう言うなよ」
八戒の隣に腰を下ろし、長い指で小さなキーを繰る。
「誰からかかって来たかすぐ分かるように、名前を登録してそれぞれ違うメロディにしたから」
これが三蔵。と差し出された電話に耳を当てると、印籠を振りかざす有名な時代劇のテーマソングが流れてきた。
「ベタですね」
「でも分かりやすいだろ?、で・・・、やっぱり悟空はコレだろ?」
ふただび耳もとに戻された電話からは、軽快な料理番組のメロディ。
「確かに、悟空らしいですね」
そのメロディを聴いた途端、めーし、めーしと騒ぐ悟空の姿が思い出されて、クスクスと笑いを漏らした。そうしている間に掌に硬いプラスチックの感触が戻る。
「あれ?悟浄、貴方の着メロ聴いてませんよ?」
すでに立ち上がって自分を見下ろしている男の紅い瞳には、悪戯っ子のような輝きがあった。にやりと笑って
「それは後からのお楽しみってことで」
と、思わせぶりに去って行く。その後、すぐにご老公、もとい、最高僧から出発の声が掛かって、八戒は深く追求することもなく、その場は収まった。



 その夜。
 珍しく取れた宿の個室で就寝の準備をしていた八戒の耳に聞きなれない電子音で、でも聴いたことのあるメロディが流れてきた。
 それがどこから流れて来たものか一瞬分からなかったが、充電器にセットされている電話がチカチカと点滅しているのに気付いた。画面を見ると「ゴジョウ」の文字が映る。どうやら、「後からのお楽しみ」の答えらしい。
 聴いたことのあるメロデイなのだから、自分が知っている曲だろう。それを思い出そうとして電話に出ることを忘れてしまっている。しかし、その曲が何だったかを思い出して、みるみる顔に血が昇って行くのが分かった。これは、一言文句を言ってやらねばなるまい。そう思って通話キーを押したのと同時に、相手からの電話は切れてしまった。それでも引き下がれず返送をすると、機械的な声でに電源が入っていないとのアナウンス。その繰り返される声を聞きながら、ぼそりと呟いた。
「まったく貴方って人は・・・」
一体何を思ってこれを選曲したのか?
「思いっきりラヴソングを登録してどうするんですか?」
相手には届かない文句を言いながらも、きつい口調にはなれない自分が悔しい。
「キュ~?」
口では文句を言いながらも、柔らかい笑顔を浮かべている八戒をジープは不思議そうな表情で見上げた。
 悟浄の着メロが何だったのかは、皆さまのご想像にお任せします。
 ちなみに、私のイメージでは「fragile(E.L.T)」「全部だきしめて(kinki kids)」「二千一夜(さだまさし)」のどれかです。(2002.10.01UP)