身長差
 彼と出逢ってから、彼と親しくなってから、その事に気付いた。
 その事に気付いてから、何となく悔しいなあと思う反面、ほんの少し嬉しくなってしまうことにも気付いてしまい、なんとも落ち着かない気分になった。



 時々、八戒が自分を見て眉間に皺を寄せていることには気付いていた。それが、三蔵のように思いっきり不機嫌だとか、これが地顔なんですとか、そういうことではないらしい。悟空や三蔵と話をしている時には普段と同じ表情だし、別に悟浄と話をしている時にも、何ら機嫌が悪いわけではないようだ。多分、八戒自身も気付いていない、無意識のものなんだろう。
「八戒」
「何ですか?」
ある日、自分と話をしながらやはり眉間に皺を寄せている八戒の表情が気になってつい、人差し指でその皺に触れてみた。突然の行動に驚いたのだろう、八戒は額に右手を当てて、2.3歩退いた。
「いきなり何ですか?、貴方は」
「皺」
「は?」
八戒の目が丸くなる。いきなり何を言い出すんだ?、という表情に悟浄はやっぱり気付いていなかったのだ、と確信した。
「ここ最近、ずーっと俺と話をしている時、ここに皺ができんだよ」
それがずっと気になってさ、と告げれば、八戒の眉間の皺は、さらにしっかりと刻み込まれてしまった。
「参ったなあ。僕、そんなに顔に出てました?」
「でも、気付いているのは、俺だけだと思うぜ。俺のとき限定だから、そのカオ」
悟浄の答えに、むう、とふくれて、自分の額に手を当てる。そして、観念したかのようにポツリと呟いた。
「僕は慣れていないんですよ。見上げる、という行為が」
「はい?」
正直、まったく話が見えない。片目を眇めた悟浄に、八戒は笑顔を向けた。心持ち顎の上がる程度に見上げて。
 181センチって身長は、比較的高いんですよ。僕は、今まで自分より背の高い人と、あまり話すこともなく過ごして来たものですから。だから、悟空とや三蔵と話す時はあまり意識をすることもなかったんですけどね。
 でも、貴方は、僕よりも背が高いでしょう。見上げるという行為が慣れていない。そういうことです。
「分かっていただけましたか?」
八戒は、そう締めくくった。多分この理由だけで、彼は納得してくれるだろう。それ以上は彼に言う必要はない。案の定、悟浄は紅い髪をがしがしとかき混ぜながら、うーんと唸ってから、目の前の男に視線を移した。
「分かってイタダケマシタ。でも、ソレできるだけ直してくれるとありがたいんだけど」
「善処します」
出来るだけ、笑顔を意識して、皺が出来ないように注意してそれだけを返すと、八戒はさり気なくその場を離れた。
 きっとおかしなことはしなかったから、気付かないでいてくれただろう。



 彼と自分の身長差は、大体5センチ。
 視線を合わせる時は、悟空にしても三蔵にしても、自分から近付かなくてはお互いの顔の距離は縮まらない。
 それなのに。
 悟浄だけは例外で、彼の方が背が高い分、間近に顔を覗かれて焦ってしまうことがある。5センチの身長差なんて、あってないようなものだから。
「悔しいなあ」
八戒は、ふ、と空を見上げて呟いた。
 頑張ったラヴラヴ(当社比)。
 ふ、と181センチって高いんじゃないの?、と思いまして・・・。
(2002.10.09UP)