いつの間にか、取り決めたわけではないけれど、日課になってしまったことがある。
午前中の仕事が終わり、一服入れようと珈琲の準備をしていると、背後でかたんと音がした。八戒は、その音を聞き止めてあぁ、今日もずれていないな、と漠然と思った。
確か昨日は、遅くなるから先に休んで良いと言い置いて出かけたのだから、本当に遅くなる予定だったのだろう、もしかしたら明け方近くだったのかも知れない。
無理をしなくても良いのに。そう思いながらも、八戒は戸棚からもう1つのマグカップを取り出して、琥珀色の液体を注いだ。
リビングのソファでぼんやりと読むでもなく新聞を開いていると、キッチンから珈琲の芳しい香りが漂ってきた。悟浄はその香りに今日も時間に間違いがないなと、ぼんやりと思った。
暫くしないうちに2つのマグカップを両の手に携えた同居人が姿を現す。1つを自分の手元に置き、もう1つを悟浄の目の前に置いた。「おはようございます」の挨拶と共に。
「んー、はよ・・・」
向かいのソファに腰を落ち着ける八戒に向かって、生欠伸をかみ殺しながらも挨拶を返す。
「ご飯、食べられます?」
「イタダキマス」
「じゃあ、僕の昼食と一緒に準備をしますから、もうちょっと待っていてくださいね」
ことり、と綺麗に洗われた灰皿を出され、悟浄はハイライトに火を点けた。その向かい側では、悟浄に投げ出された状態でテーブルに放置してあった新聞を回収し1面から読み始める。
暫く2人の間に穏やかな時間が流れた。特に何をするわけではない。新聞で気になった記事を話題にしたり、昨夜行なわれたゲーム中、誰彼がやっていたイカサマがばれて店から叩き出されたと、悟浄の友人をダシにひとしきり笑ったり。次の瞬間には新聞を捲る音しか聞こえなくなったり。
いつからかは忘れてしまったけれど、悟浄は八戒のコーヒータイムに起き出して、こうやって2人でのんびりとした時間を過ごすことが日課になっていたのだ。
「悟浄?」
リビングに差し込む穏やかな陽の光にうっかり瞼が重くなってしまっていたようだ。悟浄は自分を呼ぶ怪訝な八戒の声ではっと目を覚ました。やはり、いつもより長い時間ゲームに興じていたため、睡眠時間は少なかったようだ。
「何?、ボンヤリしていた」
誤魔化すようにまだ長く残っている煙草を灰皿に押し付けると、新しいのものを取り出した。ふ、と視線をあげると困ったような笑みを浮かべている八戒と視線がぶつかった。
「無理はしないでください」
「何が?」
「別にこの時間を持つことを取り決めているわけじゃないんですから。貴方は、貴方のサイクルで1日を過ごして貰って良いと思うんですけど?」
「気にしないくていーんだって」
ライターの石が擦れる音が響く。
「でも・・・」
「別に強要されてやっているわけじゃないんだっつーの、俺がしたいからしているだけ」
結構この時間好きなのよ、俺。俺の楽しみ取るなよ、八戒。
冗談めかしてそう告げれは、ようやく八戒は納得したらしい。困ったような笑顔が変わっていく。
「実は。」
僕もこの時間は嫌いじゃないんですよ。
やっぱりやめられないな、と向かいに座る八戒の表情を見て悟浄は思った。
確かに、この穏やかに流れる時間が気に入っているのは本当のこと。
今までただダラダラと流れていただけの時間が、こんなに落ち着くものだとは思っていなかった。
でも。
それだけではなく。
きっと八戒自身も気付いてはいないだろうけれど。
−僕もこの時間は嫌いじゃないんですよ−
そう告げた時の八戒の笑顔が、とても幸せそうで。
自分といることで、こんなに綺麗な表情で微笑む八戒がいる、それがただ単純に嬉しい。
この笑顔はお気に入りの穏やかな時間の特典なのだ。
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