『全くばっかじゃねーの?、お前がここまですることないじゃん』
傷の手当てをしながら、彼が僕にそう言った。薬を塗って貰い、チリ、という痛みを感じたけれど、それに気づかせることのないようにあはは、と笑って答えた。
『貴方の為なんかじゃないですよ、さっきも言いましたけれど、これは僕のエゴです。僕は誰の下でも働けるような器用な人間ではないんですから』
『だったら、上のやつに頼むとか・・・。お前、あいつに気に入られてるんじゃん』
『まあ、それでも良かったんですけれどね』
この件に関しては、誰の力も借りたくなかった、それもやっぱり僕のエゴなんですけれど。
伴創膏を貼って貰い、簡単にお礼を言って椅子から立ち上がる。その分お互いの顔の位置が近くなった。
なんて言うか、怒っている、とも呆れている、とも哀しい、ともつかない歪んだ笑顔。何となく彼らしくない笑顔だ。
『なんですか?』
『や、べっつに、ただ』
何か言いたげにしていたけれど、結局何も言うつもりはなく、その場を離れる間際。
軽く頭に手を乗せられた。
『サンキュ』
たったそれだけのことだったのに、僕はなんとも言えず叫びだしたい気分になった。
軍の中にいるのだから、ずっと一緒にいられるわけではない、先にどちらかが消えてしまう可能性だってなくはないのだ。
それでも、些細なことで彼の部下であることをやめさせられるなんて耐えられない。そう思っていた。
−サンキュ−
短い言葉に託された彼の気持ちは、僕と同じものだと自惚れても良いだろう。
時々特定の夢を見る。
悟空が出てくる夢。その他に金髪の男が出てくることもある。
だが、ほとんど出てくるのは髪を短く刈った黒衣の男。
彼が笑顔を向ける。ちょっと斜に構えた笑顔。呆れたような笑顔、信頼しきっているような穏やかな笑顔。その笑顔に、夢の中の自分は嬉しくなったり、楽しくなったりしているのだから、きっと彼とはウマが合っている、という設定なのだろう。
子供っぽい悪戯をしたり、冗談を言ったりしたかと思えば、凄く真面目な顔で、仕事の話を持ちかけてくる。軍がどうこう言っているのを見ると、どうやらこの人は軍人さんらしい。
そして、僕も。
僕であって、僕でない感覚。そんな2人のことを感じながら、『夢』という媒体で客観的に2人のことを見ていると、彼らは、凄い信頼関係でつながれているのだろう、と分かる。
良いなあ、と思う。
僕が拒絶している所為もあるんだろうけれど、ここまでの信頼関係を築くことのできる相手、というのは今のところ僕にはいない。だから、ものすごく憧れる、彼らに。
否。
僕は嫉妬する。この人を信頼して預けきっている『僕』に。この人に信頼されきっている『僕』に。
手をのばしても僕には近づけないことは分かっている、それに。
きっとこのまま、夢と現実の僕が入れ替わって夢の中の僕になれたとしても、彼はここまで信頼してくれないだろう、ということも分かっているけれど。
「はい、終わりましたよ」
そう言って救急箱を片付ける。悟浄は、「うー」とも「あー」ともつかない声をあげて、薬を塗ったところをチョイチョイと突いている。僕の背中に『イイ男が台無しだぜ』というぼやきが聞こえてきた。
「何言ってんですか、男前が上がったの間違いでしょう?」
「お前・・・、言うようになったね」
悟浄がハイライトを1本取り出す。
「んで、」
「何ですか?」
「一体どういう心境の変化だったわけ?」
「言ったでしょう?『傘を届けに』って・・・」
ライターのオレンジ色の光が、煙草に移り静かに消えた。
「傘を届けに行ったら、貴方が椅子に縛られて転がっていたんですよ。貴方、トラブル体質なんじゃないですか?」
「それはお互いさまだっつーの!」
「もう寝ましょう。夜更けに暴れたものだから、疲れました」
時計はもう明け方を指している。
「何か訊きたいこと、言いたいことがあるなら一眠りしてからでも遅くはありませんよ?」
悟浄もさすがに疲れていたらしく、まだ長い煙草を灰皿に押し付けて席を立った。
「八戒」
「何ですか?」
ぽん
「サンキュ」
軽く頭をたたかれた。
振り向くと、もうすでに悟浄は扉の向こうに消えたあとで。
僕は、心なしか顔が熱くなるのを感じた。
きっと悟浄は無意識だっただろうし、夢の中の『彼』と比べたら、申し訳ないくらい性格は違うけれど。
感覚が似ていた、彼と。
「貴方なんですか?、ケンレン」
僕と『僕』が違うように、悟浄と『ケンレン』は違う人だけれど、きっともう、僕は『僕』に嫉妬する事はないだろう、と思った。
憧れていたのは、『ケンレン』ではなく、『お互いの関係』。
僕の憧れていた『関係』が手に届くところにあると、思えたから。
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