―――これからどうするんだ?―――
慶雲院に向かう道すがら、悟浄が自分に訊ねてきたのを未だに覚えている。そして自分が答えた台詞も。
―――まだ決めていないんです。でも僕1人ですから、何とかやっていけると思いますし。―――
その言葉は嘘じゃない。本当に自分1人で生きて行けると思った。だから、同居をほのめかされた時に、ふ、と心が軽くなったことに驚いた。どうやら自分はこれからの生活に気負っていたらしい、と・・・。
「今から思えば、結果オーライvなんだとは思いますけどねぇ・・・」
洗濯物を畳みながら、ひとりごちる。もう、あれからかなりの月日が経ち、2人で暮らすこの生活も何とか軌道に乗ってきたのに、今更そんなことを思い出すなんて。
否。
軌道に乗ってきたからこそ心にゆとりができて、今更あの時のことなど思い出したのだろう。
そして、その時には気付けなかった事さえにも気付いてしまった。
今手にしているシャツをその持ち主に見立てて、少々乱暴に畳みながら文句をぶつけてみた。
「まったく・・・。ずるいですよ、。悟浄」
「俺が何?」
思わず振り返ると、いつの間にかシャツの持ち主が自分の背後に立ってタオルでガシガシと濡れた髪をかき回している。
「随分早くないですか?」
「そう?俺いつもカラスの行水じゃん?」
タオルと、乱れた髪の合間から、その髪の色に似た色の瞳が覗く。
「で、俺の何がずるいの?」
「何の話ですか?」
「今言ってたじゃん、洗濯物叩きつけながら『ずるいですよ』って・・・」
なんだか、勝ち誇ったようにフフンと笑っている目の前の男が憎たらしい。
「僕が洗濯をしようとしている時に、今まで溜めていたものを滑り込ませるとか、買物メモに、明らかに貴方の字で貴方しか使わないようなものが書いてあるとか、言い出したらきりがないですけど、聞いてくれますか?」
だから、一矢報いるつもりで日々における『ずるいこと』を羅列してやった。
「・・・・・。遠慮しておきます」
そそくさと、タオルを片手に自分の部屋にとって返すその後ろ姿に、ちょっと満足して、上手く誤魔化せたことにも安堵する。
言い出したら、きりがないけど・・・。
その中でも一番『ずるい』こと。
あの時、心が軽くなってから気付いた。どうやら自分は、ひと月世話になった頃の生活が楽しかったらしい、と。
彼が言い出さなかったら、自分の方から同居をほのめかしていたかも知れないな、と最近気付いてしまった。
「先に言っちゃうなんて、ずるいじゃないですか」
たった今畳んだ洗濯物に恨み言をぶつけてみる。
先手を取られて負けた気分になっているなんて、絶対に気付かれたくはない。せいぜいほだされてやったことにしてやろう、と洗濯物の山からまたしても自分のものではない衣類を引っ張り出した。 |