NO.11「黒猫と女」
 その後ろ姿を眺めて、悟浄はにんまりと性質の悪い笑みを浮かべた。
 目の前を黒猫が通ると、悪い事が起きる。とか言うけど、ありゃ嘘だな。と心の中でほくそ笑む。たった今、彼の目の前を黒猫が通っていったのだ。
 悟浄の記憶にない後ろ姿だ。この街の者ではないと、断言できる。女好きの自信がその思いを確信に変えている。
 身長は悟浄と同じくらいだろうか?、だが、男性の体つきとは違う骨格の細さやスッと通った背筋は、モデルなどの職業を連想させる。その綺麗な後ろ姿を見ていると、前の方からも見たくなるのが男だろう。悟浄は、足早にその後ろ姿の主に近付き、あわよくば、口説き落とそうという下心を持って声をかけた。
「初めて見る後ろ姿だけど、どこから来たの?」
おねーさん、俺の好みだわ。
 スレンダー美人(推測)は、その言葉にぴたりと立ち止まる。そのまま、振り向くかどうか逡巡していたらしく、悟浄の方に視線を向けるまで少し間゙が出来た。
「申し訳ありません・・・」
振り向きながらの、謝罪の言葉。
「実は」

「私は、女性じゃないんです」

柔らかい笑顔だが、確かに男性の顔つき。よくよく見れば、先ほどまでスレンダーだった体も、男性っぽいしっかりとした体つきに変わっている。

「うっわあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 はっと気付くと、目の前には、見慣れた天井。どうやら今のは夢だったらしい。
 たかが後ろ姿とは言え、性別を間近えてナンパをしようとしたなんて、女好きの名が廃る。ベッドの上で上半身を起こしながら、夢で良かった。と本気で安堵の溜息をついた。



「それって案外ホントの話かも知れませんよ?」
 悟浄にとっては朝食、八戒にとっては昼食の食事を済ませて珈琲を持ってきた八戒が、今朝の夢の話を聞いてそうコメントした。
八戒からカップを受け取り、悟浄が憮然とした面持ちで珈琲を啜る。
「冗談よせよ。だって、振り向くまで、本当に女っぽい体だったんだぜ」
「人間じゃなかったとしたら?」
八戒の言葉にゴクリと、悟浄の唾液を嚥下する音がリビングに響いた。
「言っておきますけど幽霊じゃないですからね」
取り越し苦労だったようだ。
「僕達とお仲間かもしれませんよ?」
八戒が珈琲を啜りながら、涼しげな顔でつぶやいた。
「妖怪ってこと?」
「えぇ。妖怪の中には、原型は全く別の形をしていて、人間に変化している種もいると昨日読んだ本に書いてあったものですから」
 僕や、貴方が女性に変化できないように、そういう妖怪の方々も、元々持っている性別はあるようですね。ただ、少し骨格を変えたり、顔のバランスを微調整したりすることは可能なようですけど元々の性別は決まっているそうです。
 なんだか、狐につままれたような話だ。納得がいったような、いかなかったような返事を返し、悟浄はやや冷めかけている珈琲を啜った。



 その日の午後。
 ちょっと早目に街へやって来た悟浄は、顔を強張らせながらぴたりと足を止めた。
「ニャ〜」
 目の前を通る黒い物体。その動物特有の丸い顔に三角の耳。今日は夢見が悪すぎた。更にそれに振り回されている自分自身にも腹が立つ。
 何を怖がる必要があるのか?。猫なんて、どこにだっているじゃないか。それが、全身黒い毛に覆われているだけだ。
 悟浄は、何とか自分を納得させて、雑踏を見まわした。ほら、何も変わったことは・・・。
 あった。
 と言うか居た。
 5Mほど前を歩く、すらりとした後ろ姿。悟浄の背中を嫌な汗が流れていった。
 それなのに、声をかけようとしているのは何故なのだろうか?夢とは違うと、証明したいだけかも知れない。
 ゴクリ、と喉を鳴らし、意を決したようにその後ろ姿に近付いた。
「初めて見る後ろ姿だけど、どこから来たの?」
 も・申し訳ありません!!。
 私の趣味としか言いようが・・・(遠い目)。
 この見返り美人(笑)にはモデルがいます。分かった人だけニヤリとして下さい。