[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
NO.13
「机」
それは、まだ悟空がこの寺に来て間もない頃のこと・・・。
正直、悟空はこの寺が好きではなかった。理由はごく簡単なこと。―――自分の居場所がないから―――。
一概に、大きな建物の中に居る者は自分達が高い地位にいると錯覚しがちだが、この寺の人間も例外ではなかった。自分達と同じでないものは、認めないわけではないが、認めるまで時間がかかる。まず、相手を高い所から見下ろすところから始める。そして、その相手は、付き合って自分が得をする者であれば付き合うし、そうでなければ相手の出方次第。更に、得をするどころか、付き合うことで自分に不利なことがあるならば、その事実だけで相手をこき下ろす。すべては地位が判断基準で、『その者』がどんな人物であるか?など、見ようとはしないのだ。
かくして、悟空は彼らにとって見れば『下賎な者』であり、『金色の瞳を持つ異端児』であり、玄奘三蔵という後ろ盾さえなければ、この寺院に入れるのもご免被りたい。そのくらいの地面スレスレの立場であった。
地位なんかではなく、その人の本質を見る悟空には『異端児』が何であるかは知らないが、寺院の者が自分を疎ましく感じていることは、重々承知していた。そんな人々が居る建物の中で唯一安心していられる場所は、三蔵の執務室だけなのも仕方のないことだろう。
「おい、サル」
「サルじゃねーよ!孫悟空!」
「どっちでも良い、お前どこか行ってろ、うるせえんだよ」
と、ある日の昼下がり、三蔵は目の端でチラチラと動くものに苛つきを募らせていた。悟空をこの寺院に連れてきて、最初の2.3日は寺院の中を駆け回っていた悟空が、この部屋に入り浸るようになり、この会話も、何度となく繰り返すようになった。
執務室。と言うのだから、三蔵は、この部屋で仕事をしているわけで。それは、書類の確認など、集中力などが必要とされる仕事が主で。そんなところでウロウロされてしまっては、さすがに気が散る、仕事がはかどらない、仕事が遅れる、ストレスがたまる、仕事がはかどらない。見事な悪循環が出来上がるのである。
正直、この寺院に悟空をつれてきたことを三蔵が後悔しなかったわけでもない。悟空のような性格の者は、彼から対極に居るようなものばかりが集まったところに放り込まれると、鈍感な人間が感じるよりも数倍の居心地の悪さを感じるだろうことは明らかだった。だからと言って三蔵が相手をするわけにもいかない。本末転倒である。ふと、顔を上げると強情な顔つきの中で、不安そうに瞳が揺れているのが印象的だった。
「だって、外にいてもつまんねーんだもん」
「・・・・・。」
「サンゾー、俺静かにしてるからさ!、ここにいても良いだろ?」
真摯な瞳。このドーブツに出逢ってから、ずっと、この金色の瞳には勝てないような気がしている。
「静かにしているのは、得意じゃねぇだろう」
「う・・・・。それは・・・」
悟空の視線が空を彷徨い始める。その子供っぽい仕草に、先ほどのイライラも少々、払拭されたようだ。
「お前がここでチョロチョロしていると、仕事にならない。ついて来い」
三蔵は重い腰を上げると、廊下に続くドアを開けた。
悟空を従えて、広間に入ると午後のお勤めを始めた者達は一斉に三蔵に頭を下げる。そのある種滑稽な様子を気に留めることもなく、三蔵は近くにいる坊主に声をかけた。
「おい、ここに使われていない文机があっただろう?」
今すぐ、俺の部屋に持って来い。
確かに、僧の修行に写経などもあるのだから、空いている机などもあるのだが。時々、こうして寺院の者たちは、この最高僧の行動に振り回される。だが、この寺院の権力者の言うことは絶対である。何に使うか?などたずねることもなく、2.3人の者が、はい!ただいま!!と物置部屋に消えて行った。
それから15分後、三蔵の執務室に、性格には三蔵の机の斜め向かいに小さな文机が運ばれてきた。長年使われていなかったものの埃を払い、綺麗に拭いて三蔵の部屋に運ばれたそれは、表面が擦られて、光沢を放っている。長い間、大事に使われていただろうことは容易に想像できた。
「ほら、サル」
セッティングを終えた者達が一礼をして執務室を出て行くと、それまで何が起きているのか、興味を惹かれて覗いていた悟空に三蔵が振り返って声を掛けた。
「サルじゃねーよ!、って何?」
「あんまり、ウロウロされるのは仕事に差し支えがあるからな。ここがお前の席だ、静かにしているなら、本を読もうが、絵を描こうが寝てようがかまわない」
それだけを告げると、三蔵は何事もなかったように自分の席に腰を下ろし、何事もなかったように仕事の続きを始めた。残されたのは、きょとんとした悟空と、小さな文机だけであった。
不器用な三蔵の心遣い。居場所のなかった悟空に目に見える居場所を作ってくれたことがもの凄く嬉しかった。
それから数年が経ち、悟空のいる場所がもうこの文机の周りだけでは収まらなくなった頃。
「おい悟空、この机、もういらねぇだろう?片付けるぞ」
執務室内の掃除に立ち会っていた三蔵が、あまり使われなくなった机を指し、悟空に声を掛けた。
「ダメだよ、ここは俺の席なんだから」
「って使ってねぇじゃねぇか」
「それでもダメなの!」
「・・・・・。勝手にしろ」
例え、何年経っても、初めて悟空のためだけに作られた特別な空間。それがどんな狭い所だって大切な居場所なのだ。
沙家のリビングにあるのは「テーブル」
そんなわけで「机」にこだわってみました。