NO.17「肩の力を抜いていこう」
 ぴくり。
 あぁ、まただ。
 一緒に暮らすようになったこの碧の瞳を持つ男は、猫を連想させる。それも、中々人間に懐かない野良猫だ。
 今までの俺の知り合いには、存在しなかったタイプだ。今までつるんできた奴らとは、自然に肩を組んだり、背中を叩いたりしていたものだった。
 『悟能』が『八戒』になって現れた日にボーズとサルと一緒に飯を食いに行った。それまで何もなかったアイツが、2人でこの家に戻ってきた途端、弾かれるんじゃないか?というほどの警戒心を剥き出しにした。まだ、その変化に気付かなかった俺が、「まあ、汚いトコだけど・・・」と言いながら、ポンと軽く背中を叩いた時に、まず最初の「ぴくり」をやられてしまった。
 八戒は猫だと思う。それも人間の暖かさに慣れていない野良猫。



 ぴくり。
 あぁ、まただ。
 自分でも悪いなあ、とは思っているけれど、中々この人との距離が掴めないでいる。過去に2人だけで暮らしたという記憶が、実の姉とだけで、まったくの他人と2人きりで同居をするというのは、今回が初めてなのだ。
 前に街へ行った時の様子からも分かる。悟浄には、沢山の友人がいて女性にもてて、肩を叩きあったり抱きつかれたり、そんなことが日常茶飯事に行なわれていて。花喃と自分しかいらない世界にいた僕には、この悟浄の行動が信じられないものであり、でも、心の何処かで羨ましくも感じていたりする。
 僕が「ぴくり」とするたびに、その原因を作った悟浄はすまなそうに苦笑いをする。貴方の所為じゃないのに。



 最近、頭痛が酷くなっている。
 八戒は、重くなっている頭を何とか誤魔化し、珈琲を淹れるとソファに身体を沈ませた。ふと。肩に自分のものではない重みが加わった。
「うっわ。ガッチガチじゃん、お前」
この家には、2人しか住んでいないのだから、自分でないものであったらもう1人の住人である悟浄のものだろう。肩に乗せられた大きな手。それを確認する前にその持ち主である人物の声が頭の上から降ってきた。
「ご、悟浄?」
「動くなよ?そのままにしてろ、動いたら殺す」
「強盗ですか?貴方」
ふざけた脅しに毒気を抜かれて、そのままソファの背もたれに背中を預ける。大きな手が、ちょうど首の後ろのツボを押さえた。鈍い痛みを感じる。
「ほんっとにガチガチだぜ?どこまで我慢すれば、ここまで酷くなるの?」
「えーと・・・」
鈍い痛みが徐々に薄れてくる。大きな手がツボを押さえる場所も移動された。
「まあ、八戒の場合。家の仕事がどうこうの肩こりじゃないとは思うけどな」
「え?」
「ハイ、前向いて」
思わず振り仰ごうとした頭を強制的に戻された。肩の筋肉を揉み解す作業は続行された。
「あんだけビクビクしてたんじゃ、体だってガチガチになるっての」
そんなに触られんの嫌い?
「そういうわけでは・・・」
「あるんだろ?」
「・・・・・・。」
「そんなにビクビクされたんじゃあ、俺結構傷つくんだけど?」
冗談交じりに言われた台詞は、きっと本当のことだろう。八戒は前を向いたまま、すいませんと呟いた。
「貴方のせいではないんです。僕、あんまり誰かと一緒にいるということに慣れていなくて・・・」
「でも、姉ちゃんと同棲してたじゃん?」
「彼女だけだったんです、気が抜ける相手って・・・」
大きな手が徐々に肩の強張りを解していく。
「逆に、僕としては貴方のスキンシップの多さが不思議でなりませんけどね」
「え?フツーじゃないの?これって・・・」
「言わせていただければ、街の中でもかなり多い方だと思いますよ?、人に障るのが平気・・・と言うか、好きなんですか?」
「だって安心するじゃん、誰かに触ってると」
 触れることで、それを拒絶されないことで、悟浄はその相手との心の距離を測っているという。それを聞いて、八戒の顔に困ったような哀しむような笑みが浮かんだ。
「じゃあ、僕となんて心の距離かなり遠いですね」
マッサージは、最終段階に入ったようだ。両肩を掌が摩擦をするように擦っていく。
「や。八戒の場合、距離を遠ざけてるって感じ。近付きたいのに、後ろから大きなゴムで近付くのを止められているって気がする」
驚いた。
まさかここまで的確に当てられるとは思わなかった。
「とりあえず、スキンシップ過多の俺と暫く一緒にいれば、人に触られることにもビクビクしなくなるぜ?」
ハイ、おしまい。と両肩をポン!と叩かれた。首を回すと、確かに軽くなっている。頭痛もかなり治まっているのを感じた。どうやら、頭痛は肩こりから来るものだったらしい。
「どうですか?お客サマ?」
「有難うございます。かなり楽になりました」
「じゃあ、お代は珈琲一杯」
先程自分用に淹れた珈琲もすっかり冷めてしまっている。強張ったものではなく自然な笑顔を浮かべると、自分のカップを持って立ち上がった。
 同居を始めて、ようやく互いの距離が少し縮まった。
 べ・・・ベタですいません・・・。
 もうそろそろギャグを・・・。と思ったんですが、思いつきませんでした(がっくり)。