NO.18「桃色」
「八戒!。これあげる!!」
 悟空の手の上に乗せられている物体を、やや眉尻が下がった笑みを浮かべたまま八戒は凝視した。
 色合い的には、春らしくてとても良いとは思う。きっと着ける人が着けたら、とてもとてもよく似合うだろう。
 そう。それは着ける人によっての話、間違ってもそれは僕じゃない。
 悟空の手にあるもの。
 柔らかそうな、フリルの付いた、桃色のエプロン。
「どうしたんですか?これ?」
「三蔵に買ってもらった!」
困ったような笑顔は一変して、胡乱な目付きを我関せずを通して新聞に目を走らせたままの三蔵に向けた。
「三蔵・・・」
視線は新聞に落としたまま三蔵が珈琲を一口飲む。
「俺はただ、悟空がどうしてもそれが欲しいっていうから、金を出しただけだ」
「じゃあ、あなたが着けますか?」
「殺されたいのか?」
普段なら、お互いに相手を尊重し無駄ないざこざを起こさない二人だったが、この罰ゲームのようなことを強請されるとなると話は別だ。2人の間の空気が一気に10度ほど下がった。



 この森外れの家に息抜きを称して訪ねようと街まで出たところ、隣を歩いているはずの悟空がふと立ち止まった。何かをじぃっと見つめている。何を必死に見ているのか、不思議に思った三蔵が視線を辿って行くと、悟空ぐらいの背丈の子供と、その母親らしい女性が果物屋の店先で商品を物色している。
「三蔵、あれが『お母さん』?」
ふと呟いた悟空の台詞にあぁ、と納得がいった。昨日、読んでいた絵本が確かお母さんと女の子の話だったような気がする。『母親』というイメージがない悟空には、ピンと来なかったようだ。
「そうだな」
その絵に描いたような母と子の幸せそうな様子に何か感じるところがあったのだろう。きっと何かを決意したような表情で悟空が三蔵をを見上げた。
「三蔵、あれ買って!」



「・・・・・。そのお母さんが着けていたのが、桃色のエプロンだったんですか?フリルの付いた」
「察しが良いな」
「有難うございます」
事情は何となく分かった。だが、分かったとしてもこれを着けられるか?と問われると答えはNOだ。これがシンプルなデザインで色も黒とか紺とかだったのなら、まだ有難くいただいていたのだが、この色と、形状はどうもいただけない。八戒はついウッカリこれを付けた自分の姿を想像して、ぞわっと背中に悪寒を走らせた。悟空の真剣な瞳が背の高い八戒を見上げた。
「八戒、嫌だった?」
悟空に他意も悪気もないのは分かっている。だからこそ厄介なのだ。八戒は、膝を折ると悟空の目線の高さまで屈んで゙真っ直ぐに金色の瞳を見つめた。
「嫌というか・・・。悟空が僕に何かを贈ってくれたのはもの凄く嬉しいんですけどね」
「・・・・・。」
悟空の顎が徐々に引かれ、自然と上目づかいになる。
「もう良いじゃん、八戒。サルの気持ちを無駄にするなよ」
「貴方は黙っていてください」
それまで傍観を決め込んでいた悟浄が悟空に助け舟を出したが、八戒の一言で切り捨てられる。もっとも悟浄の場合、純粋に悟空に助け舟を出したのではなく、事の成り行きが面白くてそれまで見守っていただけなのだが。
「エプロンって、汚れをカバーしてくれたり、とても良いものだとは思いますけれどね。悟空は、僕がこのエプロンを着けたところを想像してみました?」
「すっげぇ似合うと思う!」
「悟空・・・」
しっかりしてください、あなたのその目は節穴ですか?
言い含めようとしたのにそれを真っ直ぐな瞳で覆されたら、何も言えなくなる。心の中でツッコミを入れてしまった。途端に隣で大きな笑い声が響いた。
「八戒、もう良いから!。1回着ければ悟空も満足するんだしさあ!」
悟浄がテーブルをバンバンと叩いて爆笑している。ふと、その隣を見ると、表情は見えないが立てた新聞が小刻みに揺れている。傍観者はお気楽で良い。だが、その笑いが八戒のプライドに火を点けた。にこやかな笑顔で悟空のほうを振り向く。
「悟空。そのお母さん、髪が長かったんじゃないですか?」
「え?、うん」
「だったら、僕より適任がいますよ」
テーブルに突っ伏していた頭をがっしと捕まれて、上向けられた。視界がくるりと反転して、八戒の綺麗な笑顔が見えた。
「八戒さん?」
「悟空。今なら、悟浄が髪を結ってスカートを履いてそのエプロンを着けてくれるそうです。良かったですねぇ、悟空。お母さんですよ」
悟空が、その台詞に一瞬きょとんとして、うーんと考え込んだ。
「オイ・・・」
悟浄のささやかな抗議もどこ吹く風だ。悟空には聞こえないくらいの声で攻防が始まる。
「何ですか?」
「誰が見たいんだ?そんなもの」
「安心して下さい。僕、結構手先器用なので編込みだって出来ますよ?」
「人の話を聞けって!」
「スカートがご不満なら、いっそのこと裸エプロンでも・・・」
「うっわ、マジ勘弁」
「そうですか?、結構マニア受けはすると・・・」
「八戒」
それまで暫く考え込んでいた悟空が情けない顔で八戒を見上げた。
「悪りぃ、悟浄に着けてみたけど、気持ち悪かった。やっぱり八戒の方が良い」
3対の目が悟空を哀れみの色で見つめた。
つーか、想像したのかよ!。



 結局。
 その桃色のエプロンは、悟空の許可をもらって、顔見知りの花屋にプレゼントすることに決まった。

「ところで三蔵?」
「何だ?」
「悟空のお母さんの役割なら、あなたの方じゃないですか?。やっぱり着けてみます?あのエプロン」
「今度言ってみろ、殺してやる」
悟空にとっては、「ご飯を作ってくれる人=お母さん」という、いたってシンプルな式が出来ているのを八戒は知らない。
 難産でした。。。
 一度八戒さんをぎゃふんと言わせたくて、ごくーちゃんを出したんですが、最後はやっぱり黒ハチ・・・(遠い目)。