NO.4「死ぬよ?」
 「悟浄、最近吸い過ぎじゃないですか?」
新聞を読みながら、ハイライトの箱を手探りで取ろうとしていた悟浄の耳に同居人である八戒の声が聞こえた。その声につられてふと、視線を記事から声のした方に向けると、困ったような笑顔をした八戒の顔が見えた。
「ちょっと減らした方が良いと思うんですけれど・・・」
洗濯物を干している最中なのだろろう、カゴを脇に抱えて困ったように眉尻を下げて悟浄の手元を見詰めている。
 実際、煙草の量はここ最近増えたように悟浄本人も感じていた。ただ、これは周期的なもので、毎年、この時期になると煙草の消費量がぐんと高くなるのだ。そして、ある一定期間を過ぎると、普段の平均値に戻ることを悟浄本人は知っている。だが、そんなこととは知らず、毎日顔をつき合わせている八戒にとっては、悟浄の煙草の量が増えたように感じてしまうのも仕方のないことなのだろう。碧の視線の先にある悟浄の左手に持ったハイライトの箱。悟浄本人も、そちらに視線を移しながら、また新しい一本をパッケージから取り出した。
「悟浄・・・」
咎めるような八戒の声。それにもかまわず、ライターで火を点ける。最初の紫煙を肺の中に送り込み、それを空中に吐き出しながら、まだその場所に立ち尽くしている男に視線を向けた。
「いーんだよ?、これが俺のサイクルで、俺の体のことは一番俺が知っているんだから」
「でも、それにしても、最近多すぎると思うんです。せめて、5本減らしませんか?」
八戒が、自分の体を心配してくれていることは分かる。だが、分かることと、その忠告を素直にきくことは、また別の話である。ただでさえ、誰かと一緒に暮らすという経験があまりない悟浄のことだ。うっとおしく感じるのも事実。
「いーから。ほっといてくれた方が、俺的には楽なんだけど」
一方、あまり人と接して生活をしたことのなかった八戒は、自分のやっていることが差し出がましいだろうことは知っている。だが、知っていることと、口を出さずに素通りできることは違うのだ。しかしながら、聡い八戒は聡すぎる所為で悟浄が言外に含ませた「オンナみたいに『貴方のことが心配なのよ』的な干渉をするな」という気持ちまで受け取ってしまった。一方的な押し付けの親切ではあるだろうことは知っているが、いささかムッとしても仕方のないことだろう。
「・・・・・。分かりました。悟浄の体のことですものね、僕には関係ないですね」
「そーそー、そーいうことv」
「貴方が肺ガンになろうが、ニコチン中毒になろうが僕には関係ないですね」
「八戒?」
今の台詞に、悟浄の方でも引っかかることがあったのだろう、視線を八戒の顔に向けたが相変わらずの笑顔゙で悟浄のことを見下ろしている。怒っているようでは・・・なさそうだ。
テーブルの上に乗せられた灰皿は、今朝綺麗にしたばかりだというのに、既に小さな山を築いている。八戒はその灰皿を手にとって「捨ててきますね」と台所に去っていった。
 そのすらりとした後ろ姿を見送りつつ、悟浄は、何ともしっくり来ないものを感じながらも、それが何だかは分からなかった。



 そして、そんなことがあったことをすっかりと忘れた次の日。
「悟浄、どうぞ」
食後に差し出された一杯の珈琲。
悟浄は何の気もなく受け取り、一口口に含んで。

変な味がしたと思った。

「なあ、八戒、珈琲豆替えた?」
これは、好みの問題なのかも知れないが、いつもの珈琲の方が美味しいと思う。悟浄は琥珀色の液体を怪訝な顔で睨みつつ、キッチンから自分のカップを持って現れた八戒に訊ねた。訊ねられた方の八戒は、笑顔を貼り付けながら悟浄の向かいの席に腰を下ろす。
「いいえ?豆自体は替えていませんけど、貴方の珈琲には、ちょっと隠し味を入れてみました、どうですか?」
「うーん、俺いつもの珈琲の方が良いと思うけど・・・」
「そうですか?貴方の好きなものだったんですけどねえ・・・」
意味深な八戒の言葉はものすごく気になるが、悟浄は、それが何か訊ねることはできなかった。
いきなり襲ってくる吐き気と眩暈。我慢できないわけではないが、クラクラとする意識の中で八戒が何事もなかったように珈琲を啜っているのがボンヤリと見える。
「あぁ、効いてきました?。隠し味に仕込んだニコチン」
「おま・・・。そんなもの、入れたのかよ?」
「だって、貴方、ニコチン中毒になっても良いって言ったじゃないですか?」
なっても俺の責任と言っただけで、なりたいとは言っていない。
「材料は、昨日の灰皿に沢山ありましたし。貴方に気づかれないように、貴方が出かけてから戸外で煮立てましたし」
昨日の朝の違和感はそれだったのか・・・。
「大丈夫ですよ、昨日の材料で随分抽出はできましたが、致死量は入れてませんから、あぁ、でも・・・」
珈琲との相乗効果でどうなるかは実験していませんでしたねぇ・・・。

いや、死ぬって!!

 悟浄は、この時川の向こうで綺麗なお姉ちゃんが手を振っているのが見えた・・・ような気がした。



 その後。
 胃の中を洗浄したのだが、一日散々な体調で過ごした悟浄は、同居において1つ利口になった。
 間違っても、八戒を怒らせるようなことはしない方が賢明だ、と・・・。
 彼に逆らうつもりなら、命を差し出すくらいの覚悟が必要なのかも知れない。
 黒ハチ参上!!
 なんつーか、もっとギャグにするつもりだったのに、ギャグ風味でなく、サスペンス風味・・・。
 本気ですいません。。。
 あ、煙草から、ニコチンの抽出は本当にできるらしいですよね?(←某舞台での豆知識)。でも、それを何かに混入することは、本当にシャレになりませんので、絶対に真似をしないで下さい。