「結局、君はアルフォンス君のことが一番なんだね」
イーストシティの公園で、ロイは、大人げない拗ねた声で呟いた。
丁度彼と背中合わせに座る少年は、背中越しにその態度を見て「うぜぇ」と心の中で毒づく。
少年と彼の間には、14歳の年の差があるはずなのだが、こんな拗ねて寝転んでいる姿は、同じくらいの年齢に見える。果たして、彼が少年に合わせてくれているのか?。いや、恐らく地だろう。そう結論付けて、不貞腐れているロイのフォローに入る。
「だって、オレ達にとって海は危険極まりない所だって、国家錬金術師のアンタの頭脳を使ってちょっと考えれば分かることだろ?」
海といえば、熱い砂浜に、潮騒。
皮膚呼吸のできない右手には熱が篭もる、塩を含んだ風に当たれば機械鎧は錆びる。
それよりも、何よりも。
「海に入ったら、アルの血印が消えるだろ?。アルを殺す気か?アンタ」
イーストシティに兄弟が戻って来た次の日から、丁度ロイは短い休暇に入るところだった。ここから海までは遠いので、海へのお誘いは、兄弟も喜んでくれると思っていたのだが・・・。
立て続けに尤もなことを言われて、ロイが撃沈したのがつい30分前。
あまりに凹んだ上司を見るに見かねて、浮上させて欲しいと姉のように慕っているホークアイ中尉に頼まれたのが20分前。そんな経緯で彼らはここでちょっとした休憩をとっていた。
「だって、鋼の。私の誘いを断った一番の理由はアルフォンス君のことだったじゃないか?」
両腕に乗せた頭を上げずに、恨めしそうに少年をねめつける。
「当然だろ?、アルの心配をオレがしなくて誰がするってーの!」
アルは大事な弟なんだから。
いじけた顔で睨みつけられても、少年、エドワードの良心はそよ、とも動かない。エドワードがアルフォンスことを一番に考えるのは、当然のことだから。
その純粋な金色の瞳で見返されて、結局ロイの方が折れた。
「時々なんだがね、私はアルフォンス君が羨ましくて仕方がない時があるよ」
君は、私のことをそのくらい真剣に考えてくれたことはあるのかい?
とうとう、ロイの凹みは底辺まで到達してしまった様だ。睨みつけていた漆黒の瞳を静かに閉じて、溜息を吐く。
エドワードは、そんな上司を見つめ葛藤をしていた。
できれば奥の手は使いたくない。でも、それをしなければ、中尉との約束は果たされないだろう。
暫く逡巡した後、エドワードがロイよりも大きな溜息を吐いた。
エドワードは、中尉との義理のの方を選んだ。
「オレがアルのことを一番に考えるのは、オレたちが兄弟で俺がお兄ちゃんだからだ。・・・・・。それに」
暫くの静寂の後に聞こえた少年の声に、ロイの片目が開かれる。こっそりと、少年の背中を盗み見て、次に続く言葉を待った。
「オレのことは、大佐が一番に考えてくれるから、オレは、自分のことを考えなくて良いんだよ」
それくらい、気づけよ、無能。
ほとんどは背中しか見えないけれど、確かにエドワードの耳の赤さが金髪の間から覗いている。
あれだけのワガママも、折角の休暇の計画を「却下」の一言で切って捨てるのも、それはすべて相手がロイだからできること。ロイは、自分の事を一番に考えてくれることを分かっているから。
その、意外な言葉に驚いたのは、ロイの方だった。
普段、憎まれ口しか叩かない少年が、それほど自分のを慕ってくれている、信頼してくれているとは思わなかったので。
ならば、彼の気持ちに応えようではないか。
「鋼の」
怖々と、しかし先程より随分気持ちが浮上したような明るい声音で、彼独特の呼び名を口にする。エドワードはまだ背中しか見せてくれない。耳がまだ赤い。
「なんだよ?」
「明日から、私は短い夏休みなんだがね」
「海なら行かねーぞ、オレもアルも」
「私の家からちょっと行ったところに、森があるんだ。そこで森林浴をしないかい?」
「・・・・・。ちゃんと仕事は、今日で終わるんだろーな?」
「任せたまえ」
ようやく振り向いた少年の眉間には皺が寄っているが、それは気恥ずかしさの為だということも、ロイは知っている。
漆黒の瞳を閉じ、木々を通して降り注ぐ太陽の暖かさを感じる。
明日になったら、もっともっと長い時間、こんな風にして穏やかに時は過ぎて行くだろう。それは分かっているが、それとは別にしてももこのひとときを終えるには、ちょっと勿体ない気がした。
太陽はまだ真上。もうちょっとサボらせても良いかな?。
エドワードは、葉の間から覗く明るい空の青さを仰いだ。 |