Present For Me
  2月14日、真選組屯所の中は、甘い匂いが漂っていた。
 とは言ってもごく一部の場所、主に副長の部屋とか、土方の部屋とか、マヨラーの部屋とか。
 次々に運ばれてくる小さな贈り物に、土方は辟易しながら、配達人の山崎に問うた。
「俺の部屋はいつから菓子置き場になったんだ?」
「全部、副長宛の贈り物です。ちょっと前に天人の風習で『ばれんたいんでー』というのが取り入れられたのをご存じなかったですか?」
 そういえば、新聞に『ばれんたいんでー』という女が男にチョコレートを添えて告白をする日ができたって書かれてたっけ?。かぶき町の辺りではそれ関係でスペースウーマンが暴れていると警察に通報が入ったとか。

 ・・・・・・・・。まあ、この件は攘夷浪士は関っていないから、真選組には関係ないが。

 合点がいったという土方の雰囲気に、山崎は苦笑をたたえつつ、リストを手渡した。
「とりあえず、これが贈り主のリストです。顔見知りの他に、初めて見る名前もあります。来月のお返しが大変ですね」
 同じく『ほわいとでー』というのも作られたみたいですよ。何でも、お菓子を添えて今日の告白の返事をする日だとか。
「しかも、お返しは3倍程度の金額のものが妥当らしいですよ。大変ですねー、副長」
 その言葉を聞いて『うんざり』とした土方の表情が『げんなり』に変わった。
 なにソレ、おかしくね?、勝手に告白しておいて返事と一緒に菓子寄越せっておかしくね?。敬老の日の1ヵ月後にある孫の日と同じくらいおかしくね?。しかも山崎、何か嬉しそうじゃね?、俺が散財するのが嬉しいっていうのがアリアリと出てるし。腹立つなァ、コイツ・・・。
 監察の頭を一発殴ってから差し出されたリストを受け取る。
 見れば、確かに馴染みの名前の中に知らない名前も混じっていた。
「山崎、ここに添えられていた手紙の類はチェックしたか?」
「副長の許可があれば、改めさせてもらいますけど?」
「全部チェックしろ。女の名前を使った攘夷浪士の物が混ざっていないとも限らねぇ。それから、近藤さん宛のもだ」
「・・・・・・。了解しました」
 殴られた頭をさすりながら答えた山崎の顔が『アレ?、局長宛に来てたっけ?』的な表情だったのは、あえて見ない振りをした。
 真選組副長と言えば、露出度も高くなる。『鬼の副長』『真選組の頭脳』という異名は伊達ではない。カリスマ性はあるが、お人好しの近藤とは別に、頭の切れる土方は攘夷浪士たちにしてみれば、邪魔な存在そのものだろう。贈り物に対して、規制が緩くなるこの日を逃す手はない。
 山崎はやや垂れた目を贈り物の一角に向けた。
「ところで、このチョコの山は、どうしますか?」
「どっかの孤児院に寄付ってわけにもいかねーよな。毒が入っていないとは限らねーし」
 だからと言って、甘いものがあまり得意ではない自分が処分するには、ちょっと無理のある数だ。
「土方さん、アイドル気取りですかィ、コノヤロー」
 突如、襖がスパーンと開いて、色素の薄い髪が見えた。その手には、贈り物と思しき物が詰まった紙袋を携えている。
「なんだ、総悟も貰ったのか?」
 そういえば、コイツも顔だけは良いもんな。見てくれに騙された女達が今日のイヴェントにかこつけて、総悟に告白をしないとは限らない。
 あのドSっぷりにドンビキしなけりゃ良いが。
 煙草を咬み、火を点ける仕草を眺めながら「見廻りの時に貰いやした」と、総悟がその手の袋を土方に差し出した。
「全部アンタ宛でさァ。俺はただの配達人」
 そう言われて、総悟から受け取った紙袋は、想像していたよりも軽かった。
「って、殆どカラじゃねーか!。お前、俺宛のもの何勝手に食べてんのォ?!」
「土方のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」
「ナニ!?、そのジャイアニズム!」
「ちなみに、その袋の中にはヤバい薬や毒の入ったチョコしか残ってやせん。たんと召し上がれィv」
 何?、コイツ。すっげーむかつくんだけど。チョコに未練はないけれど、ご丁寧に無害なチョコだけチョイスして食べてる辺りがすっげーむかつくんだけど。

・・・・・・・無害なチョコだけチョイス?。

「おい総悟」
「へィ」
 思考がぐるぐるしている間に、長くなってしまった灰を灰皿に落としながら、土方は山崎の隣に腰を下ろした総悟に声をかける。今、変な台詞が混ざっていなかっただろうか?。
「お前、無害なものと、そうでないものの区別が付くのか?」
「へィ、大体は」
 意外な能力を発見した。
「何かコツでもあるのか?」
 土方の問いに、考えを纏めていたのか暫し間ができた後、総悟は小首を傾げて答えた。
「動物のカンってヤツ?」
「・・・・・・。お前にマトモな答えを期待した俺が間違っていたよ」
 煙と共に溜息を吐き出し、土方は部屋の片隅にできた小山をあごでしゃくった。
「じゃあ、お前アレも区別付けられるか?」
「それはできやすけど、見返りは?」
「は?」
「タダ働きはごめんでさァ」
 お前、普段から給料貰っておきながら仕事してねーだろ!、という土方の心の叫びなど届くはずもなく、総悟はおもむろに小山の中のひとつを取り上げた。
「無害なチョコ、俺が食っても良いですかィ」
「何だソレ?!。それってただ、俺の部屋にあったチョコがお前の腹ン中にスライドするだけじゃねーか!」
「別に俺はどっちでも良いんですぜィ。ただ、疑念に駆られて、好意で贈られたチョコごとゴミに出した日にゃあ、アンタの評判ガタ落ちでさァ」
 それに、と。総悟が笑みを深くする。それは、少年らしい笑みではなくSモードの笑みだったが。
「アンタだけならまだしも、それに引きずられるように俺たちの評判も地に落ちやすねィ。女の好意を無にする人でなしチンピラ警察って感じで」
 あ〜あ、アンタの所為で、真選組がまた印象悪くなるのか〜。
 デタラメな歌のように節を付けた総悟の呟きをBGMに、土方はまだ半分くらい残っていた煙草を灰皿で押しつぶした。気を取り直すように、もう1本ケースから取り出して、火を点ける。
「・・・・・・・・・勝手にしろ」
「やった!」
 商談成立とばかりに、総悟が満足気な表情で席を立つ。部屋を出ようと襖を開け、くるりと顔だけ振り向いた。
「じゃあ土方さん、このチョコ部屋の管理よろしくお願いしまさァ」
「まとめて持ってけよ!」
「これだけの量、俺の部屋に持ち帰ったら、1日中チョコ臭くて、胸焼け起こしていけねェや」
「俺の胸焼けの心配なナシか!」
「いっそのこと、チョコまみれで胸焼け起こして死ね、土方」
 ぱたん、と無情にも襖が閉じられ、総悟の姿は消えてしまった。閉じられた襖に視線を向けたまま、山崎が困ったような笑みを浮かべる。
「隊長、相変わらずですね。でも、ちょっと機嫌悪かったかな?」
チョコの匂いは、ヤニで消せるだろうか。そう思いつつ土方が煙を吐く。
「そうか?」
「まあ、お菓子好きにしたら、自分のものでない高価なチョコが、同じ屋根の下にあるのはイヤなものかもしれませんしね」
「・・・・・・・・そうか?」
「副長は、チョコ好きじゃないからそんな風に言うんですよ。チョコじゃなくて、マヨで想像したら分かると思いますけれど」
イヤ、今のは、チョコ好きの気持ちの話じゃなくて、総悟のご機嫌斜めの理由に対しての『そうか?』だったんだが。
 まあ、細かいところはどうでも良いか。
 土方は、甘い匂いが漂う部屋の中で煙草をくゆらしながら、総悟の出て行った襖をチラリと見やった。





 そして。
 仕事上がりや夜寝る前に、総悟称する『チョコ部屋』へ糖分摂取のため、総悟が部屋を頻繁に訪ねてきたお陰で真選組屯所の中では『沖田隊長が、夜な夜な副長の部屋に通っている』という噂が持ち上がったのと、とうとう貯蔵を食べきった総悟が毒に当てられたわけではなく、食べすぎて腹を壊し医者を呼んだというのは、また別の話。

 ホワイトデーの続きのつもりで書いたら、これで1本できんじゃね?ってくらいに長くなってしまったので、バレンタイン話として単独にしました。
 この2人は、『両片思い』な感じで。ツンデレ総悟が書いていて楽しかったです。

(2009.03.27UP)
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