「相変わらず、五月蝿いねぇ、上の連中は」
夜の仕事の前に仕込みを始めようと、お登勢がカウンターに現れた。
店内の掃除をしていたたまがテーブルを拭く手を止め「おはようございます」と挨拶をし、再び仕事に戻る。
まずは、清めるために店の前に水を撒こうと、桶を片手にお登勢が店の扉を開けると、立てかけられていた何かが店内に倒れてきた。
「なんだい?、これ」
明らかに贈り物と分かるように飾られた赤い花。それを見止めて、再びたまが掃除をする手を休めた。
「今から30分27秒前に、坂田銀時さまがその辺りをぐるぐる回っていたのですが、その花を立てかけて、自宅に帰って行かれました」
「銀時が?」
「はい。ご用があるのなら、声をかけようかとも思ったのですが、誰かに見付かるのを避けておられたようなので」
再び、その花に視線を落とす。花の上に小さなメッセージカードが添えられているのに気付いた。
『おかあさんありがとう』
カードの上半分に印刷された言葉。下半分は個人的にメッセージを書き込めるようになっているのだろう。しかし、そこは空白のままだった。
「あたしは、あんな厄介なガキを持った覚えはないよ」
そう言いながら、煙草を銜える。
紫煙をくゆらせると、『花瓶はどこだったかな・・・』と桶を入り口に置いたままいそいそと店内へ戻って行った。
その後姿を静かにたまは見送る。
「お登勢さまの足音が通常より、0.5テンポ弾んでいます。嬉しい感情と受け取りました。坂田さまは何故、隠れるように花を置いていったのか、その行動は理解不能。人間を理解するのは、やっぱりまだ難しいです。」
たまの小さな呟きは、誰にも聞かれることなく、店のテーブルに落ちて行った。 |