その外套を見て、土方は頭を押さえた。
何故、このむさい男だらけの集団が着用するものがこんなデザインなんだろう?、と。
ことの起こりは、隊士達からの要望だった。
曰く『隊服だけじゃ冬は寒いので外套を作ってください』
確かに、夏は見た目も着心地も暑いだけの真選組の制服だが、冬場にこの隊服一枚では寒いだろう。
寒くなると体は硬くなるし、そうすれば能率も落ちる。そう判断して近藤と相談した結果、外套を作ることになったのだが。
「オイ、山崎」
眉間に皺を刻ませたまま、土方は新しい煙草に火を点ける。何かがある度にニコチンに頼る癖を止めた方が体に良いのは分かってはいるが、ニコチンに頼らなければ、胃に穴が開きそうだ。
その、頭痛の原因を持ってきた山崎は、こわごわと返事をする。
「俺達泣く子も黙る真選組だよなぁ?」
「そうですね。『武装警察じゃなくて、物騒警察だろ』なんてオヤジギャグも飛び出すほどのチ・・・組織ですね」
「・・・・・・。今、チンピラ集団って言おうとしただろ?」
「気の所為です」
危ない、危ない。今回はかろうじて踏み止まれたけれど、監察という仕事柄、ありのままを報告する癖が身に付いてしまい、余計な一言でいつも貧乏くじを引いている。
山崎が、危機を免れてほっとしている向かいで、そのことについては不問とした土方が、未だ難しい顔で、できたばかりのそれを睨みつけている。長くなった灰を灰皿に落としながら、再び口を開いた。
「なんで、その武装集団の外套のデザインがこれなんだよ」
その問いとも取れない呟きに、山崎はへらりと返す。
「さあ・・・。カタログを取り寄せたのは確かに俺ですけど、デザインを決定したのは局長なので、局長に直に訊かれたら宜しいかと」
「あの人か・・・」
その返答に、土方は諦めにも似た溜息と共に煙を吐き出す。
「あの・・・。これが不満なら、もう1回発注し直しましょうか?」
お咎め無しとなったことで、ほっとした山崎が打開案を提示してきた。しかし、土方はもう一度それを眺め、諦めたように短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「いや、そんなに予算を注ぎ込むもんでもねぇだろ。出来ちまったものはしょうがねぇ」
配布したときの彼らの反応を思うと、溜息がこぼれる。
「ひとつ訊いていいですかィ」
大広間に隊士達を集合させて、それをに配る。一同に、寒い冬とオサラバだ、身頃の銀の刺繍が幹部服の様だと、おおむね反応は上々だったが、そんな中比較的高い声が上がった。
やはり来るか?、と内心身構えつつも、表面上は一向に動じず土方が先を促す。
「どうした?、沖田」
「外套ができたのは、有難いんですけどね」
ばさりと、それを羽織って見せる。
「なんで、むさい男集団の制服が、フード付きなんでさァ」
黒を地としたそれは、膝丈まである着丈、幹部服のような刺繍、そして、何故か襟がフードになっていた。
先日、土方の眉間に皺を刻ませ、ニコチン摂取を促したそのデザイン。
女や男でも10代頃の少年の羽織ものなら、話は別だ。何となく可愛いをアピールできて良いよね、と土方も思う。
ただ。
この目の前の彼らには、可愛いのアピールはいらないだろう、いやむしろ、無茶だろうと思うのだ。成人男性の外套には、付いていないものが主流だ。
そう思ったのが、自分だけではなかったことに、ほっとしつつ何となくそれらしい理由をひねり出した。
「今や、女子学生服の定番になった水兵襟だって、元々は船の上の声を集音の役割を果たして作られたんだよ。フードぐらい良いじゃねぇか」
「そんなトリビアいらねぇです。今は、水兵襟じゃなくて、このフードの話をしているんでさァ。話をそらさねぇで下さい」
「防寒の役割もある。被ると暖かいぞ」
「そうだとは思いやすが、それって、後ろへの気配感じ取るのが鈍くなりやすよ」
「深く被れば、顔が見えなくなるしな。顔を隠したい時にはもってこいだ」
「そういう時は、いつも覆面使っているでしょう?、別に冬場だけのことじゃないんだし」
多分総悟は気付いている。土方が何とか誤魔化そうとしていることに。それに気付いた上で誤魔化しは許さないとばかりに言い返す。相変わらず可愛くない野郎だ、と臍を噛んだ。
「そしたら、あれだ。夜の討ち入りの際に闇夜に紛れられるように被っても良いんじゃね」
半ばヤケクソで吐き出すと、総悟はにこりと、それはそれは歳相応の良い笑顔を浮かべた。
「ってことらしいですぜ、原田さん」
「え?、なんでオレ?!」
「副長が言うには、毛色の変わった俺とか、梓顔負けの坊主頭の原田さんのためにフードが付いているらしいでさ」
「梓は確かに坊主だけど、俺は違うからね。これスキンヘッドだから」
「そんな細けぇことは良いです。これから俺達フード仲間でさ」
そう言うが早いか、原田の後ろに回りフードをばさりと持ち上げ、そのまま己もフードを被った。
一瞬間ができた後。大広間は笑いの渦に巻き込まれる。
「は。原田さん!」
「梓って言うより、原田さんの場合ネズミおと・・・っっ!」
平隊士の面々はさすがに遠慮をして声を抑えているが、隊長クラスや仲の良い山崎は遠慮がない。あの妖怪漫画のキャラクターを髣髴とさせる。幸薄い顔ではないのが災いして、強面のネズミ男と化してしまった。
その後、原田が頑としてフードを被らなかったのは、これがきっかけではないかと、真選組の語り草にされている。
「だから言ったじゃねぇか。俺達があのデザイン着こなすのは、ちょっと無理があるんだよ」
配布が終わった大広間で、トップの2人がぼそぼそと言葉を交わしていた。
「良いと思ったんだけどなぁ、カジュアルな着こなしもできる真選組、イメージアップ作戦」
「俺達のビジュアルに、どんだけ夢見てんだよ。着こなせる顔とそうでない顔があるんだよ。俺達はむしろ後者だ」
そう言いつつ、かろうじて着こなせていた年下の隊長を思い出した。丁度、近藤も同じものを思い出したらしい。
「話は変わるけど、今日の総悟を見て昔を思い出したよ」
確かに冬の寒い時期、幼い総悟が風邪をひいてはいけないと、ミツバのお下がりを着て道場に通っていた時期があった。
あの頃着ていたものはポンチョのような袖のないタイプだったし、色ももっと明るいものではあったが、フードを被った総悟を見たのは、あの時以来だっだ。
「もしかしたら、無意識にあの時の総悟のイメージがあって、この外套のデザインにしたのかもしれないな」
近藤が、ここではない遠くを見つめながらぼそりと呟く。
あの頃の総悟は、白い顔に真っ赤な頬をして、まるで雪ん子のようだと思った。しかし、今日の彼は決してそうではなくなっていた。
あれから、クソガキのまま背丈だけが伸びたと思っていたが、今の総悟は本当に青年になったのだと、しみじみと思う。
そんなことを思っているうちに、自分が年老いた気分になり思考を切り替えようと外に視線を移す。
「近藤さん」
「ん?」
「雪だぜ」
江戸に舞い降りる、今年一番の雪。
「とりあえず、本格的な寒さになる前に、間に合って良かったな」
その白いものを見つめながら、近藤が呟いた。
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