花屋の前で見知った顔に偶然出逢った。
「あれ?、沖田さん?」
手にした菊の花を見て、ここで逢ったのは偶然でもなんでもなく、あぁ、そういう時期だもんなと沖田は思った。
「こんにちは、今日はお休みなんですね」
指摘の通り、今日は沖田も隊服ではない。一般的なお盆休みに入れば、墓参りだけでなくそれ以外の人出もあるのだから、治安には目を光らせなくてはならない。明日辺りから一週間は忙しくなるので、直前に近藤が気を利かせて休みを入れてくれたのだ。
「まあ、明日からまた忙しくなるから、済ませるものは済ませておかねぇと」
うんざりとした表情で宙を見上げる沖田の仕草に、向いに立つ新八は苦笑を浮かべた。
それにしても、十代の若者がそれぞれに菊の花を手に花屋の前で立ち話というのは、なんとも奇妙な図だ。
「新八くん」
「はい?」
「こんなところで立ち話もナンだし、その辺のファミレスに入らないかィ?」
突然の誘いに、一瞬きょとんとした新八の目が驚愕に変わった。
「へ?、どういう風の吹き回し?。って言うか銀さんがまた真選組に迷惑でもかけましたか?!」
スイマセン!、僕お金持っていないです!とカツアゲされたような台詞を聞きつけ、通りの人々の視線がチラチラとこちらを伺い始めた。
今日がオフで本当に良かった。警官が一般市民にカツアゲしていたなんて噂が流れたらシャレにならない。
しかし。万事屋の主は従業員にどんなイメージを持たれているんだろう。沖田は自分の上司を思い浮かべて、何となく大して変わらないんだろうと結論付けた。
上司に少し余裕があれば、下の者は親しみを持ちながらもついて来る。自分達も、そしてこの万事屋も。
それに、今回は本当に銀時は関係がなかった。ただの、沖田の気まぐれだ。
「いや、別に旦那は関係ないから」
「そうなんですか?」
「おぅ。で、どうする?」
新八は一瞬考えた後、再び苦笑を浮かべすいません。と頭を下げた。
「今日はちょっと・・・」
「あぁ、忙しいもんな」
お盆の時期は何かとやることがいっぱいだ。
「はい、実は今も銀さんにお願いして仕事を抜け出している最中なんです」
「休みじゃねーんだ?」
「毎年、今日だけは駄目なんですよ。困っちゃいますよね」
沖田は違和感を覚えた。そう言った新八の笑顔が、何となく今までの苦笑とは違ったものに感じたので。なんと言うのか、「困っている」というのは言葉だけで幸せそうな笑顔。
その原因を突き止めようとしたところで、後ろから聞きたくない声を拾ってしまった。
「新八!。そいつから離れるアル」
「神楽ちゃん?」
ついでに殺気も。
いつの間にか、万事屋のもう一人の従業員、神楽が新八の元に走り寄り、守るように右手に腕を絡ませる。
「ソイツとつるんでいると、Sが移るネ」
「おう、ご挨拶じゃねーか、チャイナ。そういうおめーとつるんでいると、乳くせーのと酢昆布くせーのが移っちまァ」
「酢昆布は、この世の最高級の食べ物ネ!。酢昆布とレディに失礼ヨ!」
相変わらず、反りが合わない。長閑な花屋の前が一触即発の雰囲気を醸し出してきた。
「ちょっとやめなよ、神楽ちゃん。て言うか、神楽ちゃん僕に用事があってきたんじゃないの?」
「そーアル、こんなチンピラにかまっている暇はなかったヨ。新八。銀ちゃんがケーキ出来たから、とっとと帰って来いって言ってたヨ」
「ケーキ?」
なんとも万事屋の台所事情と照らし合わせると、ケーキという単語が出るのも珍しい。勝ち誇ったように神楽が沖田を見やりながら種明かしをする。
「今日は、新八の誕生日だから万事屋でお祝いするネ。銀ちゃんのケーキはゼッピンアル。お前にはやらないネ!」
その一言で、沖田は全てのことに納得がいった。
今日、新八が忙しい理由も。
さほど忙しくないはずの万事屋がこの日だけは休みにならない理由も。
そして。
「もう子供じゃないんだから、お祝いなんていいですって言ってるんですけどね。困っちゃいますよね」
苦笑を浮かべる新八の笑顔が幸せそうな理由も。
「困っちゃうわよね」
そう言って笑顔を浮かべる人を沖田はを知っている。今はもういない女性だけど。
困っているのに断れない。それはそのことが実は嬉しいことだから。黒髪の青年の背中を見つめ、彼女がそう呟きながら笑顔を浮かべたのを、幼い頃よく目にしていたものだ。
沖田は、不器用な年上の侍に少々呆れてしまった。
おそらくこの少年は、彼が想うよりももっと、自分が万事屋の主に想われているということが分かっていない。
少年の特別な日を少しでも長く一緒にいたいから、休みに出来ないなんてどこまで独占欲の塊なんだろう。
何となく意趣返しがしたくなったのは、Sの性分だ。
「そーかい。誕生日かい。・・・ちょっと待ってなせェ」
花屋に入った沖田が再び戻ってきた時には、一本の鮮やかな花を携えていた。
「あげまさァ」
「え?」
差し出されたひまわりの花。ぐいと差し出されて、新八は思わずといったようにその花を受け取った。
「誕生日プレゼント」
「新八。そんな男から貰った花捨てるヨロシ!」
太陽に向ってすらりと背を伸ばす花は、少年のイメージにピタリと合っていると思う。
自分や旦那のように、後ろ暗いところがまるでない。侍ということに誇りを持ち、まっすぐに自分の気持ちに向かえる彼を時々だが眩しく感じる。
「旦那によろしく」
今にも噛み付きそうな神楽を尻目に、新八にそう言い残すと踵を返した。その後ろで少年が自分を呼ぶ声が聞こえ振り向く。
「有難うございます」
ふうわりと笑う少年は、やはり眩しくて。この太陽のような存在がいれば、自分も同じ所にいられると錯覚が出来るから。
旦那が執着するのも分かる。
誕生日の贈り物だとその花を見せられた時、銀髪の侍は一体どんな表情をするだろう。沖田は、その場を想像すると、可笑しくなった
「アンタだけ救われようなんて大間違いでさァ」
ツッコミが専門の地味なメガネだけど。
あの少年には安心できる何かがある。それを求めて周りには自ずと人が集まってくる。
そういう存在に出逢えた自分は、実はちょっと幸せなのかもしれない。
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