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ツーカーの仲
総悟が熱を出した。
その時、大広間には全員が揃っていたはずなのに、それに気付いたのは流石と言うか気配りの化身である山崎ただ1人だった。その後看てもらった医者の見立てではただの風邪ということ。診察を終えて『お大事に』と医師が部屋を出る頃には、本格的に熱が上がってきたらしく、
総悟の顔色は
誰の目にも風邪っぴきだと分かるほど真っ赤に変わっていた。
翌日
土方はいつものように隊服に着替え、部屋を出る。
広間に向かう途中、気まぐれに、本当に気まぐれに、総悟の部屋を覗くと、同じように隊服に着替えたばかりらしい総悟の姿があった。
「おま・・・。何やってんの?」
「見て分かりませんかィ?、着替えが終わったトコでさァ」
俺のせくしーな生着替えが拝めなくて、残念でしたねィという軽口にツッコむこともなく、土方はその姿を一瞥して一言だけ告げた。
「寝てろ」
右手のシャツのボタンと格闘していた総悟は、その一言でようやく土方に視線を向ける。さも心外と言わんばかりに目を見開く。
「あらら~、珍しいこともあるもんだ、土方さんが俺にサボりを勧めてくれるなんて」
「珍しいのはお前の方だろ、何でそんなにやる気満々なんだよ?」
そんな総悟見たことねーぞ、アレだろ、熱で頭沸いちゃったんだろ?と火を点けないままの煙草を噛む。そう言っている間に、総悟は右袖のボタンを何とか落ち着かせたようだ。仕上げとばかりに、愛刀の菊一文字を腰に差した。
「熱なら大丈夫でさァ、一晩寝れば治りやす」
「遠慮すんなよ、総悟くん。馬鹿はひかないはずの風邪が折角ひけたんだ、めでたく馬鹿じゃねえって分かったんだから、今日一日ぐらい休んどけよ」
「お断りでィ」
総悟がここまで頑なな理由は、なんとなく分かっている。
「アンタ、今日が何の日だか分かってるんだろィ」
監察方が集めた情報で、ある不逞浪士のグループの潜伏先が分かった。
規模的にはそれほど大きい組織ではないが、だからと言って見つけたものを放っておくことはない。昨日、大広間に集合したのは、討ち入りを翌日に控えた最終確認のためだった。
「一番隊隊長である俺がいなくて、誰が先頭の指示をするんでィ」
真っ直ぐに土方を睨み付ける総悟の瞳を見返しながら、コイツに近藤さんという存在がいてくれて本当に良かった、と心の底から思う。
普段の巡回や、書類整理などよりも剣を振るっていることが何よりも好きなこの青年は、多分、近藤がいなかったら、真選組と敵対する攘夷浪士になっていただろうから。恐らく『人斬り』などという危険な呼び名まで付いていただろう。
総悟が真選組の中で一番今日の討ち入りを心待ちにしていたはず、と土方だって分かっている。
しかし、それとこれとは話が別なのだ。
表情を変えることなく土方を睨む総悟と、その視線を受け止める土方。どちらも一歩も引かず、変なバランスが保たれていた。
「一番隊の指揮は永倉に任せてある。二番隊と一番隊をまとめる計画は昨日のうちに立てておいたし、永倉にも指示してある」
「計画は、前から決まっていたんだ、俺が組み込まれている計画に戻せば済む話でしょうに」
「今日の討ち入りは、そんなに大きいものじゃない。だから今日は休んどけ」
「そんなに大きくないものなら尚更、病み上がりでも平気でさァ」
一向に退かない総悟に業を煮やして、最後通告を突きつける。
「正直、病人に来られても迷惑なんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・っ!!!」
流石に、この一言は効いたらしい。それまで普段どおり、何を考えているか分からない表情をしていた総悟の顔が一瞬強張った。
「風邪は治ったって言ったろうが!」
均衡が崩れる。
「へぇ~。その割には、目がまだ充血しているぜ、総悟」
「昨日の名残でさァ、行けやす!」
多分、総悟だって分かっているはずなのだ、自分の体調が万全でないことも、そのために自分自身が危険な目に合う確率が高くなるだろうということも。ただ、ここまで来ると引っ込みが付かないだけなんだろう。そう判断して、土方はひとつため息を吐いた。
そして
「山崎ィ!!!」
「はいよっ!」
次の瞬間、総悟の体は敷いたままにしてあった布団に組み伏せられていた。組み伏しているのが、あまり自分と体格差のない山崎であるというのに、思うように動かせない。放せ!と睨み付けても一向に拘束は解かれない。暫くじたばたしていたが、そこから抜け出せないと悟る。
「ほら見ろ。普段のお前だったら、いくら監察方と言えど、山崎の気配を察知して避けることだって、山崎の固めくらい難なく外すことだって出来ただろうがよ」
なぁ、総悟クン?と、うつ伏せに押さえつけられ、腕を固定された状態の総悟に視線を合わせるべく、土方はわざわざしゃがみ込んで見下ろしてやった。悔しそうに自分を睨み付ける総悟の視線を余裕の笑みでかわすと、今度は山崎に視線を向ける。
「山崎、今日は1日こいつの監視をしていろ」
それだけを告げると、もう総悟に視線を移すことなく、踵を返して部屋を出て行ってしまった。
悔しい、悔しい。悔しい!!。
結局、土方が去った後、気を張っていたのが緩んだ所為か、また下がりかけていた熱がぶり返してきてしまい、寝巻きに着替え床に就くことになってしまった。
枕元には、甲斐甲斐しく看病をする山崎の姿。
多分土方だって、もう総悟が無茶をしないことは分かっているはずなのだ。それなのに、山崎にあんな命令をしたってことは、看病をしてやれ、という彼なりの気遣いだろう。
そんな分からなくて良いことまで分かってしまって、悔しさが募りまた熱が上がりそうだ、と先ほどから林檎をおろしている人の好い監察方を睨み付ける。
そうだ。元はと言えば、この男が昨日の体調不良を見抜いたのがきっかけじゃないか!
「おィ、山崎。後で覚えとけよ。風邪が治った日がてめェの命日だァ」
熱の所為で、更に凄みを増した声音で恨み言を言うと、それまで、テンポ良く聞こえていた林檎をおろす音が一瞬止まる。間もなくその音は再開され、それが途切れると今度はポツリと呟く声が聞こえた。
「すみません、沖田隊長。隊長の命令だってきかなくちゃいけないのは、分かっているんです。でも、俺は監察方です。監察方の直属の上司は副長ですから、副長の命令は絶対なんです」
そう言って摩り下ろした林檎を差し出す。
くそお、どいつもこいつも土方土方うるせぇな・・・。
面白くない気分のまま起き上がり、差し出された小鉢を受け取ると、瑞々しい果肉をスプーンで掬って口に含んだ。
今、自分が出来ることは、この忌々しいウィルスを体内から追い出し、刀どころがバズーカだって軽々持てるくらいの健康な体を取り戻すことだ。
「安心しなせェ。山崎1人で冥土に行かせやしねェよ」
すぐに土方も後を追わせてやらあ。
本気に取れる笑顔を浮かべ、病人食を片付けていく年下の上司を看ながら、俺の人生も残り僅かか・・・。と監察方筆頭は空しさを感じずにはいられなかった。
季節の変わり目の、非日常的な日常のひとこま。
ようやく書きあがった、真選組SS。
「山崎ィ!」「はいよ!」が書きたかっただけで、別に組み伏される総悟が書きたかったわけではこれっぽっちも・・・(説得力があまりない気がするのはなぜだろう・・・?)
ザキは、実は有能だと、信じて疑っていません。
(2008.3.24UP)