その花言葉
 少年は目の前の男の姿を見下ろし、小さくため息を吐いた。その小さな物音すらも耳ざとく反応をしたのか、目の前の男はぴくりと身じろいだが、またすぐに動かなくなってしまった。
 レンズ越しに大型犬のような雇い主のこんな格好を見るのは、一体何回目だろう。もう両手では足りなくなってしまっているなあ、と心の中でぼやく。
 今度は、相手にも聞こえるように、大きなため息をひとつ。
「銀さん、一体何が不満なんですか?」
 眼鏡の少年・志村新八は、目の前のソファでうずくまる男、坂田銀時のつむじを見下ろしながら、声をかけた。





 つい1週間ほど前、万事屋のもう一人の従業員である神楽が、軽い足取りで洗濯物を畳んでいる新八の隣にやってきた。
「新八。今度の日曜日、パーティーするヨロシ」
 万事屋の台所事情を考えると、パーティというのは、ちょっとどころかかなりの贅沢。新八は白に波模様の入った着流しを半分に畳みながら彼女の言わんとしていることを反芻した。
 しかし、考えても万事屋がらみでパーティーと結びつくような記念日は思いつかない。自分はもちろん、彼女のでも雇い主の誕生日でもないし。
「いきなりどうしたの?、神楽ちゃん」
 袖を折り返し、綺麗に身頃を3つ折りにすると、そのまま自分のひざの上に着流しを乗せ、それを軽くたたく。この一連の動作を眺めるのが、神楽の密かな楽しみになっているのは、彼女だけの秘密である。
 自分ではあまり着ることのない和服というものが、反物という細長い生地を単純に縫い合わせてできる衣服というのも面白いし、自分より大きな大人が着るものが折り紙のように畳まれていく過程は魔法の様でとても楽しい。
 もう一度名前を呼ばれて、神楽は今はそれを楽しむ他に用事があったことを思い出した。
「先月、銀ちゃんが赤い花を買ったの覚えているカ?」
「え?、あぁ、僕にくれたアレ?、神楽ちゃんもくれたよね?」
 あいにく、自分たちには母親というものがいないけれど、神楽が新八がマミーみたいだと言って赤いカーネーションを買って来た。なぜか、あの時は銀時まで同じものを用意していたので、玄関先に2輪のカーネーションが仲良く活けられていたのはつい先月の話。
 そこまで来て、ようやく新八は彼女の想いを理解する。万事屋のパピーにお祝いをしようと。
「私のパピーは、宇宙中廻っているから、お花だけ贈っておいたヨ。万事屋では、パーティーするネ」
 自分達は、家族というものと何故か縁が薄い。歳若い神楽はもちろん、実は銀時もこういうイヴェントに、ある種の憧れみたいなものがあるんじゃないだろうか。そう思って、当日までの数日間で銀時には内緒でパーティーの準備をしたのだが。



「ナニコレ?、どーしたよ?」
 わざと、夕方までの簡単な仕事を押し付けて万事屋に近づけさせないようにした日曜日の夜、帰って来た銀時が事務所兼茶の間の戸を引いて、一瞬きょとんとした。
 パーティーというには程遠いけれど、ちらし寿司にしてケーキまで用意した。
「銀ちゃん、今日は父の日ネ」
 神楽が銀時の背中を押して定位置まで誘導する。
「銀さんは、僕たちのお父さんみたいだから」
 新八も、黄色いバラを銀時に差し出す。そして、2人声を揃えてお決まりの文句を贈る。
「お父さん、ありがとう!」
 一瞬虚を突かれたように黄色いバラを見つめて、顔を上げた。
「俺、お父さん?」
「え?」
 新八に向かっていた視線は、次の瞬間、小さな体が銀時にぶつかってきたのを機に逸らされた。
「銀ちゃん、万事屋のパピーね。ケーキでお祝いヨ」
 銀時は、自分の胸の辺りにあるお団子頭へ視線を移し、それをガシガシと乱暴に撫でる。
「オメーみたいな、じゃじゃ馬を娘にした覚えはないけど、ケーキには罪ねーからな」
 そう言うと、すし桶に刺さったしゃもじを手に取る。そうしてその日は和やかに過ぎていった。
 そう、その時は。





 あの時の銀時の視線が、一瞬自分を非難するような、非難というより、どこかガッカリしたように感じたのは、気の所為だったのかと、思ったのだが。
 翌日からの、不貞腐れたような態度をを見ると、やっぱり気の所為じゃなかったのだと確信した。
「銀さん」
 ため息混じりにその名を呼ぶと、目の前の塊は、チラリと紅い瞳を新八に向けて手元にあったジャンプを手に取り、パラパラと捲り始めた。
「一体何が不満なんですか?。しかも、明らかに僕に対してだけですよね?」
 ツッコミ担当であっても、新八は気が短いわけではないと自覚している。それに、普段のすねた銀時のあしらい方なら、何となく把握もできているのだ。図体はでかいし、背負っているものが複雑なだけで、銀時は新八にとっては体が大きいだけの子供みたいなものだし。
 ただ、今回はこのすねた態度をご丁寧に神楽のいない場面で出されるので、新八のイライラ度も着々と上がってきている。
 パラリパラリと、ページをめくるだけで銀時の目がジャンプの内容を追っていないのは一目瞭然。その態度に一気に臨界点を突破した新八がジャンプをもぎ取った。それを視線で追っていた銀時の視線に無理やり自分の姿をねじ込んだ。
「銀さん。子供みたいな真似、いい加減にしてくださいよ!。僕だって超能力者じゃないんだから、言われないと分からないですよ」
 イラついた表情で見下ろす新八と、何を考えているのか分からない寝惚けた顔で見上げる銀時。しばらくそのまま時間が過ぎ、今度は銀時がため息を吐きつつぼそりと呟いた。
「ちちのひ」
「はい」
「お父さん有難う…」
「あぁ、言いましたね」
「…って、お前に、言われた」
「はい?」
 銀時の言わんとしていることが、掴めない。銀時は、再度新八を見上げ、彼を非難するように見つめる。
「俺、お父さん?」
「銀さん?」
「お前にとって、俺ってお父さんなの?」
 そこまで言うと、また新八に背中を向けてソファの上に寝転がってしまった。。後は自分で察しろとでも言うように。
 新八は、この1週間の銀時の態度と、今の台詞と。あの時見せたガッカリした視線を思い返して、頭の回転をフル稼働する。
 そして、辿り着いた、ひとつの答え。
 この人は、図体だけ大きくてなんてバカなんだろう。また溜息を吐いた。今度は、呆れたのではなく、仕方ないというか、愛おしいというか、そんな気持ちで。
「銀さん」
 苦笑交じりに呼びかければ、ぴくりと身じろぎをした銀時がますますソファの上に縮こまってしまった。そこに新八の座るくらいのスペースが空いたのを見て、遠慮なく腰をかける。そしてもう一度、
「銀さん?」
 彼特有の銀色の髪に指を絡ませながら呼びかけた。
「何を子供みたいなことですねているんですか?」
 この大江戸の中では、珍しい銀色の髪。そのふわふわとした感触を新八は堪能する。
「……………」
「て言うか、言わないと分かってくれませんか?」
 髪を触られている感触に、銀時がもぞもぞと動き出したかと思えば、銀色の頭が新八の膝の上に上がってきて、その太い腕で新八のウエストをがっちりとホールドした。
 その一連の動作を見て、これでは父親と言うより大きな子供ではないか、といよいよ可笑しくなる。
「僕の父上は、こんな子供みたいな真似はしませんでしたよ。父上は父上、銀さんは銀さんです。どっちも僕の大切な人です」
 これでも不満ですか?とその顔を覗き込めば、唇を尖らせている銀時の顔が瞳に映った。
 不満は解消されたが、気恥ずかしくて仕方がない、と言ったところか。



「つーか、銀さんはまだ良いじゃないですか、僕なんて1ヶ月前、性別まで捻じ曲げられたんですよ。神楽ちゃんは兎も角、アンタにもね」
「お前は良いんだよ。年齢的に、俺のオフクロにはなり得ない」
「何ですか?ソレ」





 定春の散歩から帰ってきた神楽が、その光景を見てまるで、大型犬と飼い主みたいだと冷やかしつつも、ちゃっかり床に座って新八の膝の間に入って膝枕にあやかるのは、それから5分後のこと。

 一説には、黄色いバラの花言葉には「嫉妬」という意味も込められているとか。
 これでも父の日のSSです。糖分120%(当社比)で頑張りました。
 つーか、楽しかったです。
(2010.06.29UP)
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