おとうとふたり
  今も、昔も年下のポジションでいた彼にとって、それはなんとも言えない、不思議な感じだった。



 いつもの巡回という名のサボり中に、沖田は名前を呼ばれてその声の方へ視線を移した。
 視線の先には、階段を駆け下りてくる少年の姿。特に当てもなく、ふらふらと歩いていただけだったので気付かなかったが、顔見知りの万事屋の前まで来てしまっていたらしい。
そんなことを考えている間に、少年は沖田の前で立ち止まるとにこりと笑みを浮かべた。
「こんにちは、今日は1人なんですね」
「おぅ、相方をまいて来たンで、のんびりと散歩の途中でさァ」
そううそぶくと、少年の眼鏡の奥が呆れたように眇められた。
「仕事しましょうよ。あんたン所、一応警察でしょう?。今朝も近藤さんがうちの庭先でのびてましたよ」
溜息を吐く少年を見下ろして、沖田は小さく笑う。そう言えば、沖田よりも新八の方が若干だが背が低い。
「何ですか?」
「いや。やっぱりアンタは、土方さんと同じ属性だなぁ、と思いやして」
 沖田は、今朝局長室で見かけた、山崎に引きずられながら帰ってきた局長を目の前に、鼻から煙を吐いて小言を並べている副長との光景を思い出した。
 多分、自分と近藤に土方がいるように、あの普段グータラな上司と遊びたい盛りの凶暴娘の間には、この地味な少年がいるから、あの万事屋は良いバランスで成り立っているだろう、と。
「僕はまだ2人だけ何とかすれば良いけど、そっちは大所帯じゃないですか。その内、土方さんの胃に穴が開くんじゃないですか?」
「まァ、そうなったら願ったりでさァ」
アレが入院中に、俺が副長に納まれば良い話なンでと、この会話を終わらせる。
「ところで、万事屋からわざわざ呼びとめたっていうのァ、なんか俺に用ですかィ?、新八くん」
そう言われて、新八も本来の目的を思い出したらしい。そうだった、と小さく呟くと沖田に紙袋を押し付けてきた。
「これ、貰ってください」
「俺に?」
「沖田さんだけでなく、真選組の方々になんですけど」
中を覗くと、箱が1つ入っていた。
「見かけは悪いかもしれないけれど、教本通りに作ったから、味は悪くないと思います」
箱の中には、手作り感の溢れた…と言えば聞こえが良いが、かなり歪なカップケーキがぱんぱんに詰まっている。
「すいません、作ったはいいけれど、万事屋には置いておくわけにはいかなくて。でも神楽ちゃんだけに渡すわけにもいかなくて」
「旦那がいるじゃねーかィ」
困ったような笑みに、至極当然のことのように返すと、新八はとんでもないというように首を振る。
「いや、それじゃ困るんです。銀さんに食べてもらうために練習しているのに、本末転倒じゃないですか」
「内緒なんだ。旦那に」
にこりと笑みを浮かべて感じたことを口にしただけだったのに、向かいに立つ新八はキツネに見付かったネズミのように体を硬直させた。『内緒』それだけの言葉に、バラしてやろうという気持ちを感じ取られたのかも知れない、今回は本当にそんな気もなかったのに。公認Sは思惑以上に警戒されて不幸だ。
そんなことは知らない新八は、はぁ、と溜め息を吐いた。
「来月、銀さんの誕生日があるんです。その時に出してビックリさせようかなって」
「あぁ、俺たちは練習台ってことですかィ」
「教本通りに作ったら、ものすごい量ができちゃって。僕1人じゃどうしようもないし、神楽ちゃんにあげたら残骸が残って銀さんに怪しまれるし…。でも、真選組の皆さんだったったら、銀さんともそう接点はないし、大所帯だから処分にも困らないですよね」
「まァ、そーいうことなら協力しまさァ。タダで菓子が食えるなら、願ったりでさァ」
沖田は、箱の中の一つをつかみ取ると、齧りついた。
「確かに。見た目を裏切る味ですねィ」
美味いと、呟けば新八の顔がぱあと明るくなる。味は悪くないとfは言ったものの、内心第三者の感想が心配だったのだろう。
「旦那には内緒にしておきやすから、安心しなせィ」
箱を袋に戻しつつそう言えば、向かいの少年ははいと元気に返す。そして、
「なんか、沖田さんって良いですね」
「は?」
「僕の周りって銀さんにしろ、長谷川さんにしろ、かなり年上の人が多いから。年が近いって言っても、神楽ちゃんは女の子だし」
「はァ…」
新八の言わんとしていることが、いまいち理解できずに、困惑したまま生返事をする。
「僕に兄上がいたら、こんな感じなのかなあって」
 多分下を通りかかったのが、沖田さんじゃない人だったら、こんなお願いもできなかっただろうと真っ直ぐに見上げる少年の瞳には、まったく他意は感じられない。



 今まで、年上ばかりの中で過ごしていたから、沖田自身も気づかずにいたこと。
 地味だなんだと言いながらも、目の前の少年が実は気に入っている理由。
 幼いころから、近藤に可愛がられ、土方を見上げて育ってきた。それに不満はないが、年下の存在というものに憧れはあったのだ。彼らには自分がいるが、自分はそれを享受するばかり。
 沖田は、袋を持っていない方の手を持ち上げ、彼の黒髪の上にそれを乗せた。そして、軽くポンポンと叩く。
「沖田さん?」
「弟を持つってこういう気持なのかなァ」
 そう呟くと、お互いに視線を合わせて、くすりと笑った。





 たまには、こんな疑似兄弟気分も悪くない。新八と別れた帰り道、沖田はそんなことを思いつつも、彼の疑似家族が待つ家への道を進む。
 紙袋いっぱいの土産を持って。

 ようやくお花ちゃんズSSUP。
 実は、沖田の誕生日にケーキを作るぱっちーを考えていたんですが、時期を見事に外したので、これで。
 お花ちゃんズ可愛いですよね。お兄ちゃんおきたっていうのがツボです。
(2010.09.27UP)
お気に召したら、拍手をお願いしますv。こちら(お礼文は、土沖です)