税金というのは国民の義務であるから、それを支払うことは、国民として当然だと思っている。
ただ。
酒税だ、たばこ税だと一部の物に高い税金をかけるのは、いかがなものだろう。
真選組副長・土方十四郎は、フィルターぎりぎりまで吸いきった煙草を、忌々しげに踏み潰した。
「あーあ、土方さん。罪もねェ煙草にあたったって、しょうがねェじゃないですかィ?」
振り向くと、相変わらず飄々とした態度で総悟がひょっこりと姿を現した。
ここ最近の禁煙ブームに乗っかって、一時は目の前のドSな悪魔の陰謀で全面禁煙にされた屯所内だったが、今は一部の場所を除いて喫煙ができるようになった。
ただ、この裏庭の一角は、仕事を忘れて一服したい時やぼんやりとするには静かで落ち着く場所なので、土方の喫煙所のようなものになっている。隊士達もその辺りは心得ており、土方の喫煙タイムを邪魔するような命知らずもいなかった。
最近は特に。
「うるせぇよ。あたりたくもなるっつーの」
続けざまに懐からケースを取り出し、1本引き抜く。火を点け体の中を循環させるように深々と吸い込むと、後ろからおやじくせーという呟きが聞こえた。
「なんつーか、公園のシケモク咥えているマダオみたいでさァ」
「なんなの?、お前、さっきから!。俺にケンカ売りに来たわけ?!」
手元の煙草をぐしゃりと潰したくなる衝動に駆られたが、そこはぐっと我慢をする。大事な1本をこんなことで無駄にすることはない。
「ホラホラ、土方さん。イライラすると、煙草の消費量も上がりますぜィ」
「ほとんど、お前がイライラさせてンだけどなァ!」
「ストレスを溜め込ンで胃に穴を開けるか、煙草につぎ込んで破産するかどっちかにしなせェ。いっそのこと、相乗効果で破産して死ね、土方」
「用件は何だ?、総悟!」
「用件はそれでさァ。アンタの所為で、屯所内がピリピリしていけねぇや」
月頭から、煙草の税金が割り増しになり煙草が値上がりをした。しかも、缶コーヒー1本前後の金額が。
この大幅な値上げにより、禁煙をする者も出てきたらしいが、土方にはそれは出来なかった。せめて、本数を減らすのが精一杯。
ただ、業務が減るわけでもないので、煙草で紛らわせていたストレスは溜まる一方。
しかし、その煙草が思うように吸えないので、イライラも解消するどころかどんどん蓄積されて行き。
そんなわけで、一番イライラが募る今、屯所内の空気が土方のイライラに引っ張られる形で悪くなっているとのこと。
「ンで、一言申し立てに俺が来たってわけでさァ。まァ、妥当な人選ですよねィ。アンタにこんなこと言えンのなんて、俺か近藤さんくらいしかいやせんから」
でも、近藤さんには、こんな馬鹿げた理由で動いてもらうわけにはいかないでしょう。と言われてしまえば、土方にも思うところはあるので何も言えなくなる。恐らく、一番土方のサンドバックになりそうな山崎辺りの差し金だとは思うが、今回ばかりは土方自身も自覚はあったので、おとなしく彼の忠告を聞き入れることにした。
「確かにな、ニコチン不足に慣れてなくて、イライラしていたかも知れねぇ」
気を付けるわ、と素直に受け入れれば、向かいの青年は子供じみた顔で小首を傾げた。
「煙草って、そんなに良いもんですかィ?」
「まあ、気持ちを落ち着かせるのにも良いかも知れねえが。やっぱり何かしているときにな、こう。口寂しいって言うか…」
「口寂しい、ですかィ」」
そう言ったまま踵を返し、総悟は土方を残してその場を後にした。
「オイ、総悟?」
その肩透かしのような反応に呆気に取られながらも、彼がここに来た用件は終わったのだろうと、土方も特に気にすることもなく、先ほどの煙草を堪能することにする。
煙草がフィルターぎりぎりまで燃え尽き、さて仕事に戻ろうかと吸殻の始末をしていると、後ろから、また先ほどと同じ調子で声を掛けられた。
「何だよ、まだ何かあンのか?」
振り返れば、やはり先程と同じ調子の一番隊隊長が立っていた。
「口寂しい土方さんに大奮発でさァ」
ふと、見れば手には袋を持っている。
「何コレ?。『濃厚ミルクキャンディ』…?」
「煙草が吸いたくなったら、これで紛らわしなせェ」
「いっそのこと、禁煙キャンディでも持ってきてくれりゃ気が利いてンのにな」
「煙草吸わねぇヤツに無茶を言いなさんな」
そう言いながらも受け取ろうとした時、土方はあることに気が付いた。
「つーか、袋開いてンじゃねーか!。何お前食ってんの?!」
「俺のモンだったモンを、俺が食って何か問題でも?」
そう言えば、総悟の口の中でカラコロと何かが転がる音が、吐く息からは甘ったるい香りが漂う。
「普通くれようとすンなら、開封前だろうが。ッたく…」
張りのある黒髪をガシガシとかき混ぜた後、その右手を総悟の方へ伸ばした。
そのまま、これを手渡せば自分の用事は終わる。そう思って、手渡そうとしたその時、袋を持っていた左手首を思いっきり引っ張られ、総悟は体勢を崩した。
「ちょっと。土方さ…!」
文句は最後まで言われずに、口の中に飲み込まれた。
自分の、と言うか土方の。
一瞬何が起きているか分からず、まず、引っ張られた左腕と後頭部が、がっちりとホールドされていることに気が付いた。
次に、視界に入ってきた黒髪とありえない距離に見える瞼を確認し、思ったよりこの人睫毛が長いんだなァなどと、どこか遠くの方でぼんやりと思う。そのぼんやりとした意識の中で、彼の声が聞こえた。
「くち、開けろ。総悟」
それから先は、何が何だか分からなくなり、この人の薄い唇は思ったよりも柔らかいものなんだとか、口の中を這い回る苦い味は、この人の煙草の味なのか、とか。
そんなことが、感覚として蘇って来たのは、もっともっと後のことで。気が付いた時には、口内に苦い味を残して彼から2.3歩ほど離れた場所に踏ん張っていた。
向かいの男は、今まで総悟の口にあった飴をカラコロと転がしながら「甘ェ…」などと、顔を顰めている。
「な、にすんでさァ。とうとう、ニコチン切れて頭でも沸きやしたかィ」
感触を拭いたくて、口元に持っていった右手が顎まで伝った唾液に気が付いてしまい、更にダメージを深くする。総悟は思いっきり、シャツの袖でそれを拭いまくった。
「イヤ。お前が口寂しかったらこれで紛らわせろって言うから」
「俺が言ったのは、飴であって、べろちゅーじゃねーでさ!」
「お前が袋開けて食ってるから貰っちまおうかって」
「あーもー、死ねよ。ニコチンで肺ガンなって死んじまえよ、土方!」
気まぐれに情けをかけた自分が悪かったとしか思えないこの仕打ち。こんなことなら、激辛キャンディでも渡しておけば良かったと後悔しても時すでに遅し。
「まァ、気持ちだけ貰っとくよ。俺には、コレ甘すぎるわ」
すれ違いざまに、件の『濃厚ミルクキャンディ』を左手に乗せていく。今更戻されたって、もう暫くこのキャンディは食べられない。たった今植えつけられた記憶が強烈過ぎる。
早鐘を打つ鼓動を落ち着かせるまで、総悟はその場所で土方の上向きになった機嫌の理由や、抵抗しなかった自分への言い訳を必死で繕っていた。
自分とのべろちゅーで機嫌が直ったなんて、アレを自分も嫌がっていなかったなんて。
絶対に、認めない。
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