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縁側の会話
「沖田隊長、何が欲しいんだと思います?」
「副長の座」
「いや、それはアナタでしょう・・・」
いつものアイマスクを装着し惰眠をむさぼっている隊服姿の沖田の姿を縁側で見付け、相談しようと声を掛けてみたのだが、話がうまく噛み合わない。
「なんでィ、俺の欲しいものじゃねえのかィ」
アイマスクを外し、億劫そうに沖田が起き上がって胡坐をかいた。確かに今の話の流れでは彼の方が理に適っている。山崎はそう判断し、ため息をひとつ吐くと話を仕切り直した。
沖田が胡坐をかいたまま立ち上がろうとしないので、自然山崎が沖田を見下ろしている形になる。目上の人間を見下ろして話すというのは、どうも落ち着きが悪い。山崎も彼の隣に腰を下ろした。
それでなくともこの人の上目遣い・・・下から目線は、心臓に悪いのだ。
可愛い顔に騙されているとは分かっていても。
「すいません、屯所中で話題になっているから主語が抜けました。その隊長が狙っている副長の座の土方さんのことですよ」
「マヨ星人なら、マヨかニコチンでも宛がってときゃあおとなしくなるだろィ」
「おとなしくって・・・、猛獣ですか?、副長」
「大体、朝から副長副長うるせぇんだよ。なんだってんだ、まったく・・・」
ぼそりと呟いて空欠伸をひとつ。そんな沖田の様子に違和感を覚えた。
朝食の時に局長が大騒ぎしていたのを、この人が知らないはずがないだろう。だって、この人の定位置は大体近藤さんの隣なんだから。
「あれ?。トシ、今日誕生日じゃなかったか?」
朝食が始まり暫く過ぎた頃、近藤が思い出したというように右隣でマヨ丼をかき込んでいる土方に声をかけた。
心も体も大きい近藤は、声も大きい。本来は、隣にいる土方にだけ声をかけたつもりだったのだろうけれど、その声は部屋中に響き渡り、全員の視線が近藤と土方へと一斉に注がれた。
「すまないトシ、大型連休の警戒態勢で気付くのが遅れちまった。なんか欲しいものがあったら言ってくれ」
「良いよ、もう祝ってもらう年でもねえし。大体、近藤さんに言われるまで俺も忘れていたところだ」
湯飲みの茶を飲み干して、咳払いをひとつ。心なしか照れたように見えるのは、山崎の気のせいじゃないと思う。
「いや、そういうわけにはいかん。今日の夕食は、皆で宴会だ!、無礼講だぞ!」
「いや、近藤さん。大型連休は明日までだから、無礼講はマズいだろ・・・」
相変わらずの、大雑把な近藤と一歩引いた土方の会話、その時近藤の左隣にいた沖田がそれを聞いていないはずがないのに・・・。
山崎はくるりと、その時の室内の様子を思い出した。
そういえば、沖田さん、あの時半分夢の中にいたんじゃなかったっけ?
食後のお茶を注ぎまわりながら、箸を咥えながらうつらうつらと舟を漕いでいる沖田を目の端に捕らえて、まだお茶は必要ないことを確認するのと同時に、その様子が寝ぼけながらもご飯を持ってこられるとパクっと口を開く3歳児のようだと口元が緩みそうになったのを思い出した。
改めて朝食時の出来事を説明する。
「ですからね、副長への贈り物は何が良いか皆で相談していたんですよ」
『鬼の副長』の異名を持つ土方だが、中々どうして屯所内での人気は高い。それどころか、土方を羨望の眼差しで見ている平隊士だって実は少なくない。
ただ、普段沖田が土方を小馬鹿にしているので、威厳が保たれていないように見えるだけで。
しかし、それすらも土方を親しみやすい副長に演出されている感は否めない。
「誕生日?、マヨと煙草大量に贈れば良いじゃねェか。本人、マヨと煙草があれば幸せな単純なお人なんだし」
「そうなんですけどね、なんか違う気がするでしょう?。年に1度の記念日なんですから」
そう言い募ると、まだ眠そうにぼんやりと庭を見つめる沖田が、「しゃあねえなー」と懐から何かを取り出す仕草をした。
「仕方がないから秘蔵の品を譲ってやらァ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・沖田さん、なんですかコレ・・・」
恭しく頂いた山崎の手の上には、『かたたたき券』と書かれた蛇腹折りの白い紙。しかも切り取り線までマジックで書かれただけという『子供の使い』的なものである。
「何って肩たたき券。いつも疲れている土方さんもきっと喜んでくれまさァ」
「俺たち、どこの小学生?!」
あーもう。沖田さんだったら、何だかんだ言ってても副長に近いところにいるし、付き合いも長いから何か贈り物のヒントになることを知っていると思ったのに、そう思ってどっと疲れを感じていると、件の副長の声が聞こえてきた。
「総悟ーっっ!、お前いい加減にしろよ、いつまでも惰眠むさぼっているんじゃねェ!」
声と共に、ちょうど曲がり角を曲がって足音荒くやって来る土方の姿が見えた。山崎が、土方には『沖田隊長センサー』が付いているに違いないと思うのは、こんな時だ。数あるサボり場の中で何故、的確に隊長の居場所が分かるんだろ、この人。
「土方さん、山崎から聞きやしたぜィ。またひとつ余命が早まった日だとか・・・」
「お前と一緒にいれば毎日がそんな日だろーが!、しかもそんな言われ方、めでたくもなんともねーし。むしろ縁起が悪りィよ!」
「仕方がねェから、俺から『副長の座』プレゼントしやす。1日限定で。明日には返せよ、コノヤロー」
「って言うか、それ俺の持ちモンだからね?!。勘違いしてるけど、俺のポジションだからね?」
「あーもう、いちいち細けェこと言うお人だなァ」
まだ、何か言い足りなさそうな土方を軽くあしらい、億劫そうに腰を上げると、見回りの時間だから行ってきやーす。と玄関へ向かって歩いて行ってしまった
沖田の足音が消えると、一服とばかりに煙草に火を点ける。そして、視線をまだその場に残っていた山崎に向けた。
「お前も、こんなところで油売ってねえで、持ち場に戻れよ?」
「あ、はい。すいません。ところで副長」
もう、芸がなくても良いや、本人に直接訊いてしまえと、土方に向き直った。
「副長、誕生日に何か欲しいものありませんか?」
「あぁ、別に気にするな。本当に今日の朝まで忘れていたくらいだから」
まだ長い煙草を庭の地面に押し付けて消す。
「まったく・・・。総悟も知ってたんなら、ちゃんと言えよ」
「はい?」
思いっきり拾ってしまったその言葉は、どうやら独り言だったらしい。バツが悪そうな表情で土方が弁解っぽく説明し始めた。
「昨日、真夜中に総悟が来たんだよ、『鬼嫁』持って」
何事もないように『土方さん、呑みやしょ』と秘蔵の酒を持って自室にやってきた総悟を、最初こそ何か裏があるのでは?、と疑っていたのだが、そんな感じは一切感じられなかった。
「ま、それで2人で一瓶空けちまったんだけどな」
そう締めくくると、山崎を見下ろしながら「まあ、あと2日だし、お前も頑張れよ」などと、柄にもないことを早口に言うと、その場を去っていく。本当に沖田を探して渇を入れに来ただけらしい。
グッタリと項垂れたまま顔が上げられない。山崎は悟ってしまった、悟りたくはなくても悟ってしまった。
朝食の時に、誕生日のことをふられて照れた副長のこととか、いつにも増してぼんやりしていた隊長のこととか。
酒の強い沖田が2人で一瓶ごときで、あそこまでぼんやりするとは思えない。
一番隊は、なんだかんだで立ち回りになると駆り出されることが多い。その隊長職を担っている沖田が連日の激務で疲れていないはずがないのだ。
それを押してまで、日が変わると同時に土方の自室を訪ねて秘蔵の酒を振舞ったのだろう。
1人でこっそり抜け駆けなんてズルいじゃないですか!、隊長!!。
今はもう大江戸の町で勤めを果たしているであろう、ワガママな年下の上司に山崎は心の中だけで恨み言を訴えた。
土方誕生日ssでした。
カレー記念日でウンウン唸っていたのに、途中でまたしてもかぶき町にタマシイを舞い戻らせて書き上げました。
(2008.5.5ブログにてUP・
2008.5.13サイトにお引越し
)