『家族も同然です』
そう言い切った、万事屋の眼鏡の少年の言葉が胸に刺さった。
あんなに真直ぐな瞳でそう言ってもらえる存在があること、銀髪の男が羨ましく感じられた。
ワシと同じ匂いがする男なのに・・・。
雨の降りしきる中、銀時は見慣れた看板を見上げた。さっきから、階段に足をかけようとは思うのだが、その1歩が踏み出せない。ここの階段ってそんなに段差が大きかったっけ?。
右足の踵を浮かしたり戻したりしていると、1階の店の扉が音を立てて開かれた。
「いつまでもそんな薄汚い格好で、店の前に突っ立ってるんじゃないよ。」
「ババァ・・・」
お登勢は、軒下で雨を避けつつ煙草に火を点けて、深々と一服した。暫く自分の吐き出した煙が空中に霧散して行くのを眺め、それから銀時のほうへ視線を移す。
「どこをほっつき歩いていたかは知らないけどね、神楽も新八もあんたの帰りを待っているよ」
聞けば、ヤクザの屋敷にまで乗り込んで行ったそうじゃないか。
知っている。魔死呂威組の若頭・・・いや『元』か?・・・を組長のところに連れて行く時に、途切れ途切れに聞いた。
「早く帰りな。こんなトコにいつまでもいられちゃあ、店の評判も落ちるし、何より煙草が不味くなる」
まだ暖簾も出していない、そもそも昼をまわったばかりの時刻に店も何もあったもんじゃないだろうとは思ったが、お登勢の言葉に背中を押され、ようやく階段を登ることができた。
銀時のブーツが鉄の階段を上ると、かつんかつんという独特の音が鳴る。ようやく天辺まで上がるとタイミング良く玄関の扉が開け放たれて、塊が2つ飛び出してきた。
「銀さん!」
塊の1つは銀時に体当たりしてきて、もう1つは銀時の前でぴたりと止まった。
「銀ちゃん、お帰りヨー!」
「ずいぶん遅かったんですね」
そういって笑顔を向ける新八の顔色が優れない、こいつってこんなに顎の輪郭が細かったっけ?。そんなに経っていない筈の記憶があやふやになる。
「あの坊ちゃん、中々言うこと聞いてくれないもんだから、銀さん梃子摺っちゃったよ。依頼は終了だ」
新八の笑顔を直視できず、わずかに視線をずらしてそれだけを言うと、まだ張り付いている神楽をぶら下げたまま玄関をくぐった。
玄関先で、タオルと甚平を手渡されると、そのまま風呂場に追いやられる。
温かい湯船に浸かって、ここが自分の帰るべき場所なのかと思った。それから、雨の中ようやく連れて行った京次郎の事を。
京次郎から聞いた言葉が頭の中を回り始める。
銀時は、それを消し去るように顔を湯で拭うと、湯船から上がった。
見慣れた茶の間には、食事の支度が出来上がっていた。
なぜか2人分。
「新八、帰んの?」
「はい、だから後片付けはちゃんとやっておいてくださいね」
綺麗に畳まれた洗濯物、埃のかぶっていない事務机。あまりにも、見慣れすぎて自分がこの家にどれ位戻ってきていなかったのか分からなくなるような錯覚を覚える。
もしかしたら、昨日もこの事務所で来ない客を待っていたんじゃないか、と思えるほどの生活感。
ふ、と茶の間の片隅に視線を移すと大きな風呂敷包みが1つ、違和感をかもし出していた。
「あ、それ僕の荷物です。今日持って帰りますから」
「新八、ここ暫く万事屋に泊まっていたアル」
「だって神楽ちゃん1人じゃ、心配じゃない・・・って銀さん?!」
思わず。
思わず目の前の子供たちを抱きしめた。
命が途切れる直前、聞こえるか聞こえないか分からないほどの声で囁いた。
『おまんには、家族が居るんじゃな』
『眼鏡の坊主が言っちょった、おまんは家族も同然じゃ、と』
『あの眼鏡、真直ぐワシの顔を見据えて言いよった。肝の据わった子供じゃ』
多分、京次郎にもちゃんと家族は居たのだ。ただ、気付くのが遅すぎただけで。
京次郎と自分。自分には家族がない、と思っていた似たもの同士の2人。
きっと、銀時がいなかった数日の間、2人で銀時の帰りを待っていたのだろう。新八にいたっては自宅にも戻らないで、いつ銀時が帰ってきても良いように、暖かい空間を作ってまで。
大人でも、及び腰になるようなヤクザの門を叩いて、銀時の行方を探す手がかりを探した2人。
銀時が帰ってきた時に何も訊かずに笑顔で迎えてくれた2人。
銀時の帰りを信じきって待ってくれていた2人。
家族などないと思っていた銀時に家族の温かさを与えてくれた2人。
京次郎、俺は気付くのに間に合ったんだ。
胸の中の、温かい存在を抱きしめながら、今はどこかで家族に迎えられているであろう男に心の中で呟いた。
家族って暖ったけぇよな、京次郎。
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