昨日は、七夕だった。
相変わらず、梅雨のお陰で今年も天の川は見られなかったが、イヴェント好きなトップのお陰で、七夕の雰囲気は十分に味わえた。むさい男だらけの所帯に、何故か五色の短冊や、折り紙で作られた提灯などで飾られた笹が、軒下に鎮座している。
その天辺に飾られた短冊には『今年こそ、ニコマヨヤローが副長の座を明け渡しますように』とでかでかと、それはもう下から見ても誰の目にも留まるほどの大きな字で書かれているのを、知らない者はこの屯所内にはいない。
多分、この大きな字だったら、雲の上のお星さまの目にも届いているだろう。
名前は書いてないけど、あの人しかいないよな。と誰もが微笑ましく見上げていた。
そのくらいに、一番隊隊長・沖田総悟という男は、真選組の中で弟のように思われているのだ。
次の日、そんな総悟の朝は賑やかに始まった。
「沖田隊長、今日誕生日ですよね?」
朝食を摂ろうと食堂に入った途端に、一番隊の隊士達に囲まれた。
斬り込み部隊と言われる一番隊、体も顔もいかつい者が多い。そんな猛者に、しかも血色張った表情で迫られた総悟は、顔色も表情も変えることなくのほほんと答える。
「なんでィ。てめーら、俺のパーソナルデータどこで仕入れて来たんでィ」
その問いに、取り囲んだ全員がくるりと顔を巡らし一点に視線を向けた。その先には、一番隊の隊士達よりももっと大きな男。
総悟の一番大好きな人が、どんぶり片手におおらかな笑顔を向けていた。
「おはよう、総悟。今日は、パーッと飲むぞ!」
「おはようごぜーやす。酒は鬼嫁、ケーキは特注が良いでさァ」
両手を広げて『こーんなでっかいの!』と注文をすると、当然のように近藤の隣に腰を下ろした。
こーんな。は無理かもしれないけれど、善処はするからなと、笑顔を浮かべる近藤を挟んで反対隣には、相変わらず辛気臭い表情を浮かべるナンバー2の姿があった。
「こーんな・・・ってお前いくつになったんだ?、総悟」
「ありゃりゃ、土方さん。俺の年も数えられなくなったなんて、とうとうボケが始まりましたかィ?。進行する前にさっさと引退しちまえ、コノヤロー」
「ボケてねェ!。いい歳したヤローが、特注ケーキ強請るなって話だ!。しかも、お前、まだ未成年だろうが、何で堂々と飲酒宣言してんだよ!」
「良いじゃねぇか、トシ。年に1度の、総悟のワガママだ。出来るだけ叶えてやろうじゃねえか」
「近藤さん・・・。アンタの1年は、一体どんなサイクルで回ってるんだ?、それとも、ボケが始まってるのは、俺じゃなくて、近藤さんの方?」
「土方さん、やっぱりボケが始まっていたんですかィ?」
「始まってねえって!、ただの言葉のアヤだから!」
笑顔を浮かべる近藤と、その両脇には土方をおちょくる総悟と、おちょくられて眉間の皺を深く刻みつける土方の姿。
いつもの朝の風景がそこにあった。
朝食が終わってから、総悟の周りは、更に慌ただしくなっていった。
と、いうのも、総悟を見付けると、一番隊の隊士だけでなく他の組の者、中には、『アレ?、こんなヤツいたっけ?』と総悟自身すら分からない者までが『沖田隊長!』と駆け寄って来るのだ、必ず手には何かを携えて。
お菓子だったり、新しいゲームソフトだったり。それはまちまちなのだが、決まって彼らは手渡す時にこう言った。
「お誕生日おめでとうございます!、これプレゼントです!」
いきなり追っかけが付いた芸能人の様な待遇を受けた総悟が、ようやく避難した場所は監察方の山崎の部屋。
仕事柄、監察方には平隊士でも部屋が与えられている。それが物置のような狭い部屋であっても、他から隔離された空間には違いない。惰眠を貪る気満々な態度で、アイマスク片手に山崎の部屋に転がり込んできた。
「誕生日って、こんなに疲れるモノだったかなぁ、山崎?」
総悟はあまり感情を表に出さない男だが、言葉尻に疲れが混ざっている。山崎がそれを感じ取り、自然と笑みを深めると、今度はそれを気配で察したのか、総悟がギロリと山崎を睨んだ。
山崎は、慌てて口角を引き締め慰めにもならない台詞を吐いた。
「今日は、沖田隊長が主役ですもん。諦めてください」
「『もん』て使うな、てめーどこの女子高生だ?」
総悟はアイマスクを装着し、ゴロンと寝転がると、山崎に背中を向ける。
その様子に、山崎が内心溜息を吐いた。目の前に寝転ぶ子供は、単純だが扱いづらい。何が彼の地雷になるか、その日の気分によって変わってくるからだ。
「大体、他の奴らの誕生日。例えば近藤さんの誕生日だって、ここまで大騒ぎにならねぇだろィ」
「それはですね」
沖田さんだからですよ。
不快にならない笑みを感じ、アイマスクを少しばかり持ち上げて総悟は山崎の顔を窺った。
「沖田さんの誕生日だから、彼らは何かをしたくなるんです」
局長は局長で、ここにいる誰もが惚れ込んでいる相手ですけれどね。沖田さんはまた違った意味で、愛されているんですよ。
「じゃあ、俺からはこれを。また、相手してくださいね」
手渡されたのは、彼がよく使っているミントンの羽根。
ひと心地吐いたら、また愛されまくられに出て来て下さいよ。
そう笑顔を残して、山崎は静かに自室を後にする。
静かになった部屋で、何となく釈然としない気持ちを抱えながらも、総悟は日課の午睡を取るべく再びアイマスクを装着した。
その後、誰かしらに声を掛けられながらも一日の業務を終わらせたその日の夜。
約束通りには行かなかったが、大きなケーキを用意して総悟の誕生会と称した宴会が催された。
イヴェントでは誰よりもはしゃぐ局長が乾杯の音頭を取ると、場が一気に盛り上がる。普段、気を張った仕事をしている反動か、ただでさえ宴会好きな連中なのだ。その高いテンションのまま、時間だけが過ぎて行った。
流石、体力と集中力は、並外れているや。
冷静に酷い感想を心中で呟きながらも、半分出来上がった隊士達から次々と酌を受けていた総悟は、ふ、といつの間にか土方の姿が消えていることに気付いた。
そう言えば、今日1日浮き足立った屯所の中で、ただ1人通常の業務を淡々とこなしていたのは、ヤツだけだったなと思い出す。
普段通りだったのは、周りに巻き込まれていたためそうは見えなかったかも知れないが、それなりにきちんとこなしていた自分と、あのヤローだけだったと。
「トシが気になるか?、総悟」
既に完全に出来上がっているだろうと思い込んでいた近藤が、ふいに声をかけてきた。気になる、までは行かなくともちょっと頭の端に引っかかっていたことを見透かされたようでバツが悪い。総悟は、手の中にある湯飲みに視線を落とした。
「トシが律してくれるから、俺達はこうやって大騒ぎが出来るんだよ。アイツは、そういうところが損な役回りだよな」
近藤は笑みを浮かべて視線を落としたままの総悟を見下ろす。そして、おもむろに大きな手で総悟の薄茶色の髪をかき混ぜた。
「もう、こいつらだって今日1日お前を祝って満足しただろう。主役が涼みに退室しても、誰も気にゃあしないさ」
昔から変わらない近藤の大きな手。それがいつも総悟の意地っ張りな何かを拭い去ってしまう。総悟は、湯飲みを置くと、しっかりした動作で立ち上がった。
「じゃあ、涼みに行ったついでに、寂しい仕事人間の面でも拝んできまさァ」
果たして、土方の部屋にはまだ灯りが灯っていた。いつもの文机の前で、書類を捲る影が障子に映し出される。
障子に手を掛け勢い良く引くとスパーンと良い音が響いた。
「ひじかた覚悟ー!」
総悟の投げた小刀は、土方のいた場所に的確に刺さった。
「あっぶねー!って、何で俺、今命狙われてるの?!」
土方が避けてなかったら、確実に致命傷が付いただろう。
「プレゼントを強奪に来やした。あと貰ってないのはアンタだけなんでさァ」
アンタの命だったら、それはそれは良い贈り物になるかと思いやして。
「自分にご褒美vってヤツです。おとなしく渡して下せィ」
「何?そのハートマーク!。すっげームカつくんだけど!。誕生日毎にMP失くしてたら、レベル上がらないうちに、ゲームオーバーになっちゃうんだけどォ!」
「大丈夫でさァ。ラスボスは、俺が代わって倒しますから」
まだ、ビィィィィンと小刻みに揺れている小刀を抜き、総悟は再び土方と対峙する。
「ほらほら、俺の誕生日が終わるまであと5分切りやしたぜ?」
じりじりと間合いをつめる総悟を睨みつつ、文机までたどり着くと、土方は手にした何かを総悟の鼻先に突きつけた。
「ほら、これやるから、もう帰れ!」
「何ですかい?、コレ」
手渡されたのは、一枚のCD。
「今日、見廻りに出掛けたら売ってたんだよ」
総悟の動きが止まったことに安堵して、パッケージから一本取り出し煙草に火を点けた。うっすらと、部屋の中にもやがかかる。
「お前、いっつも耳元でシャカシャカ言わせているから、何かと思ったら、アレどう聞いても音楽っつーよりお囃子だよな?」
「・・・・・。」
「お前、何であんな縦ノリで落語聴いてんの?」
「・・・・・・・土方さん」
CDのパッケージに視線を落として、総悟が呟いた。
「キモ・・・」
「なんだとぉ?!」
「仕方ねぇ。もう、誕生日過ぎちまいやしたから、今年はコレで勘弁してやらァ」
「何?、その上から目線?!」
にやりと、笑みを浮かべCDを手に退室しようとしたところで、ふ、と思い出して、総悟は、再び土方に向き直った。
「土方さん」
「何だよ?」
「山崎が、日中『俺の誕生日だから、皆が祝いたいんだ』って言ってやしたが、何のことかサッパリなんでさァ」
本当に分からない、という表情を浮かべた総悟を一瞬見やると、興味をなくしたように短くなった煙草を灰皿に押し付け、再び新しい1本を取り出す。
「そりゃオメー、アレだよ。いくつになっても、お前はうちの末っ子ってことだ」
ここに集まった奴らは、故郷に誰かを置いて来ている。近藤さんは、俺達にとって要になる人だが、お前はあいつらにとって甘やかしたい近所の悪ガキなんだよ。
「それは、一番隊隊長という尊敬の気持ちとは違う次元のものだ、甘やかされてやれ」
長い溜息が聞こえ、再び煙が舞った。
「アンタは?」
総悟の呟きに土方の視線が上がり、いまだ障子に手を掛けている総悟の視線とぶつかった。
「あいつらにとって、俺が近所の悪ガキなら、アンタにとって俺は?」
その問いに、今度は土方がニヤリと笑みを浮かべた。
「俺にとってオメーは、沖田総悟というクソガキ以外の何モンでもないだろーが」
その言葉に、総悟は先程とは違った笑みを浮かべると「お休みなせェ」と障子を閉めて、自室に向かって行った。
一体、いつ気付いたんだろう。いつも聴いているのが落語だなんて。
しかもコレ、俺の一番お気に入りの噺家のやつじゃねーか。
一体どれだけ近くに、自分達はいたのだろう、と貰ったばかりのCDを見つめながら総悟は思った。
ヘッドホンから漏れ聞こえた音が拾えるくらいの距離にいることが、当然になってしまっていたのかと。
たくさんのお菓子も嬉しかった、新しいゲームソフトも嬉しかった。
でも。
きっとこれは、自分の隣にいたからできた贈り物だろう。
近所の悪ガキではない、たった1人の『沖田総悟』に選んでくれたもの。
「あの人も、たいがい厄介なお人でさァ」
貰ったばかりのCDを枕元に放り投げると、もぞもぞと寝床に体を沈めた。
外には、昨日は見られなかった満天の星空が広がっていた
|