夜の子供
 昔から可愛くない子供だった。
 出逢って開口一番に言われたのは、『死んでくんねェ?』だった気がするし、頭の天辺が自分の腰にも満たない程度の背丈の子供に『先輩と呼べ』と強要されたし。
 今なら、俺という男が今までの生活を脅かす存在であると、アイツが本能的に悟ったから出た行動だとは薄々と分かって来たが、その当時の俺は何故ここまでこのチビ助に嫌われているのか、分からなかった。

 ただ、クソ生意気なガキ。可愛くないチビ助という印象しかなかったのだ。



 近藤さんの所に厄介になってしばらくしたある日、沖田が近藤家に泊まることになった。
 と、いうのもミツバの様態が突然悪くなり、まあ、医者に診せた時には落ち着いていたのだが、大事をとって一日入院をすることになったのだ。
 沖田の家はミツバとの2人暮らしだから、体の弱いミツバが入院となると、いつも近藤家に厄介になっていたらしい。
 以前と今回とで違うことがひとつある。
 俺が近藤さんの所に居候として住み着いていたことだ。



「近藤さん!、おれコイツと一緒の部屋はイヤでさァ!」
 夕食が終わり、自分用の隣にもう一組敷かれた布団を見て、最初は近藤さんが隣に寝てくれるものと思ったらしい。
 そこへ、俺が来たものだから、いきなり沖田は騒ぎ始めた。布団を敷き終えて、立ち去ろうとした近藤さんの寝巻きの袖を握ったまま放さず、標準よりも大柄な男を見上げて必死に訴えている。
 沖田に好かれているとは全く思っていなかったし、俺も積極的に他人に関るのはうっとおしかったので、距離をとられても別段気にもしないのだが、ここまで毛嫌いされるとやはりちょっとは傷つく。

 このガキ、そんなに俺と一緒がイヤかよ・・・。

 近藤さんは、体の大きい人だが他人に威圧感を与えない。元々子供好きなのもあるんだろうけれど、この時もわざわざ必死に訴える小さな沖田と目線を同じ高さになるようにしゃがみ込んで話を聞く体勢になった。
 そんなこと思いもつかなかった。俺には出来ない芸当だ。
「そうは言ってもなぁ。急にミツバ殿の入院が決まったから、掃除してある部屋がここだけなんだ」
「じゃあ、近藤さんの部屋に泊まりまさァ」
「いや、掃除していない部屋よりね。俺の部屋の方が・・・」
 近藤さんも若い男だ、幼い子供には見せられないアレやコレなど色々放置してあるんだろう。同年代の近藤さんの心境は何となく分かる。
 そんな2人のやり取りを見て、思わず口を出した。
「沖田せんぱーい。もしかして、一人寝できないとかですかー?」
「・・・・・・・・っ!」
「近藤さん困ってますけど?」
「うるせぇ!、てめーは黙ってろィ!」

 どうやら一人寝云々は図星だったらしい。子供特有のぷっくらとした頬に赤みが増す。チビのクセに先輩風吹かしやがって。ちょっとした意趣返しだ、ザマミロ。

 バカにしたような表情を作った俺と怒髪天を突くといった沖田の間に火花が散る。沖田の機嫌が急降下したのを悟って『じゃあ、総悟が寝るまで、添い寝するからな!、な?』と近藤さんが言い出して、この場は治まった。



 沖田が眠りに就いてから、俺と近藤さんは縁側で酒を酌み交わしていた。
「済まないな、トシ。いつもだったら、総悟もききわけが良いんだけれど」
いつの間にか、近藤さんは俺を『トシ』と呼ぶようになっていた。『十四郎』は長いから短く『トシ』なんだそうだ。今まで、そんな呼ばれ方をしたことがなかったので、何となく慣れない、というか照れくさい。それでも『嫌だ』とは思えないのは、やっぱりこの人の人徳なんだろうと思う。
 酒を注がれて、注ぎ返す。お猪口の中に、円い月が浮かんでいた。
「別に、気にしちゃいねぇよ。俺がアイツに嫌がられるのは、いつものことなんだし」
 月ごと飲み干すと、また徳利を傾けられる。
「でも、どんな感情でもあそこまではっきりと表に出す総悟っていうのは貴重なんだよな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。そうなのか?」
 ここに世話になってから、ずっとあんな調子なんだけれど。
「それから、総悟の名誉のために言っておくけどな、あいつ、一人寝は平気なんだよ。ただ」
無理しているのは分かるんだ。
 そう言って、近藤さんは自分のお猪口に残る酒を飲み干した。



 ミツバ殿の入院っていうのは、今に始まったことじゃない。その度に、家に残された総悟を俺の家で預かっていたんだよ。あの家も兄弟二人きりの家庭だったし、これといって親しい付き合いをしている所もなかったんでな。
 最初の入院の時、一言『お世話になりやす』と言って、いつもどおりに振舞っていたけれど、次の日に『ちゃんと眠れたか?』と訊くと『バッチリでさァ』なんて目が少し赤くなっているのに答えるんだ。
 考えてみりゃあ、不安で当然なんだよな。たった二人の兄弟で、姉君が病気で離れちまっているんだから。もしも、このまま逢えなくなったらと考えてもおかしくないだろう?。ましてや今より幼い頃の話だ。
 でもそんなことおくびにも出さずに、朝になるといつもの飄々とした顔で『おはよーごぜーやす』なんて挨拶されちゃあ、こっちとしては何も言えないよ。
 だから、ここに来た時は、出来るだけ一緒に寝ようとしているんだけれど。



「さすがに、この狭い家じゃ、あの客間に布団を何組も敷くのは無理だったな」
 独り言のように語り終え、最後にがははと笑うと話の途中に注がれた酒を呷る。再び徳利を傾けたが、今の酒で終わってしまっていたらしい。
「じゃあ、今日はこれで終わりにするか。トシ、一晩総悟のことを頼むな」
徳利とお猪口を手に立ち上がると、近藤さんは、ふわふわした足取りで自室に向かって去って行った。
 謎の言葉を残して。





 何故、子供というのは、寝ている時まで慌ただしいのだろう?。
 客間に戻りその姿を見て俺は頭を抱えた。
 沖田の顔は、半分布団に潜っていて良く見えなかったが、夢の中の住人であるのは間違いないらしい。
 そして枕の上には、小さな右足がちょこんと乗っていた。
 一体どんな寝相をしたら、こんなことになるんだろうか?。
 近藤さんに添い寝をしてもらっていた時、コイツはちゃんと布団の中に潜っていたはずだった。
 沖田・・・。お前の頭は、足よりも位が下なのか?、だから、枕に足を乗せているのか?。そこまで、頭の中身が詰まっていないとは思わなかったが、実はそこまでだったのか?。
 最初はそのまま放置してやろうかとも思ったが、腹でも冷やして壊されても面倒だと思い、元の寝姿に戻そうと布団をはぐと、首と膝の裏に手を入れた。
 静かに小さな体を持ち上げて、枕に頭を乗せる。後は、布団を掛けるだけだと、沖田から離れようとした時
「うーん・・・」
沖田が小さく唸った。まさか起こしただろうか?と、顔を覗くとその気配はない。ほっと息を吐いて離れようとしたその瞬間
「ん・・・」
 俺の頭は、真っ白になった。
 コレか?、コレのことか?!、近藤さん!。

『可愛い一面が見られるかもな』

という謎の言葉は!!

 小さな手が延びて来たと思ったら、俺の首に腕を回してぎゅっと抱きついてきた。
 いきなりのことで体勢を立て直せず、それでも反射的に小さな体を潰してはいけないと、反転して布団に背中を預ける。そうと気付かず、沖田はまだ目を覚ます気配を見せない。

 こんな子供に押し倒されるとは思わなかった。

 混乱した頭でそんなことを考えている間にも、沖田はもぞもぞと動いている。
「うー・・・」
 鼻先を胸の辺りに何度か押し付けていたと思ったら、落ち着く場所を見つけたのだろう。首にまわした手に更に力が篭りしっかりと抱きつくと、再び静かな寝息を繰り返した。

 なんだこれは!。
 これがいつも憎まれ口しか利かない沖田なのか?。
 恐々と、小さな背中に腕を回すと、また気持ちよさそうに鼻先をこすりつけて来た。

これはアレだな。こんな筋肉質な体、あの姉貴と間違っているということはないだろうから、近藤さんと勘違いしているに違いない。近藤さんのところに泊まる時は、一緒に寝ているらしいし。でなければ、この状況に説明がつかない。

「うーん・・・」

 沖田の体がまた動き寝返りを打とうとしている。そうか、こうやってあの最悪な寝相は生み出されるのか。俺は、ちょっとした悪戯めいたものを思いつき、背中に回した手に力を込めて、その体をしっかりと押さえつけた。
 小さな体はしばらくモゾモゾしていたが、俺に抱きついた体勢のまま落ち着く。
 再び、規則正しい寝息が胸の辺りをくすぐった。



 明日の朝、この小さな先輩は、この格好を見てどんな顔をするだろう。きっと俺に難癖をつけてくるのだろう。『えー?、沖田先輩から抱きついてきたんですよー』と返したら、コイツがどんな顔をするか楽しみだ。





「なーんてこともあったよなー」
 張り込みの最中、きっかけはは覚えていないが、武州時代のことが思い出された。
 煙草を咥えながらぼんやりと呟くと、隣でそれを聞きとがめた総悟が一瞬胡乱げに俺を見て、再び双眼鏡を覗いて呟く。
「土方さん、お稚児趣味ですかィ?。うーわー、良かったなァ、土方さんがへたれで。あの時、俺の貞操は危うかったんですねィ」
「誰がへたれだよ!。つーか、お稚児趣味でもねぇよ」
 なんだ?、総悟の貞操って・・・。俺は頭痛を感じ、眉間を強く押した。あの時は一瞬でも可愛いと思えたのにな。
「大体、あの時抱きついて来たのは、沖田センパイの方じゃねぇか」
「捏造ならいくらでもできやすぜ?」
 前言撤回。可愛くないガキは、今も昔も可愛くないままだ。
「土方さん」
 双眼鏡で向かいの料亭を覗いていた総悟がふ、と俺に視線を移した。
「なんなら今度、一緒の布団で寝てみやすかィ?」
 昔の俺みたく可愛く抱きついてやりまさァ。
 総悟を窺うと、相変わらず気持ちをつかませない表情。あんなに敵意剥き出しだった少年は、一体いつから変わっただろう。
 俺は、短くなった煙草を携帯灰皿に突っ込み、新しいものに火を点けた。一息吸って煙を吐き出しながら答える。
「遠慮しとくよ」
 昔なら兎も角、今のお前には抱きつくと見せかけて寝首かかれそうだ。
 そう呟くと、昔の少年は心なしか柔らかい笑顔を向けた。
「ザンネン、チャンスだと思ったのになァ」
「まだ、簡単にやられてたまるかよ」
 俺も、総悟と同じように唇の端をあげて笑みを作った。
 うちの甥っ子は、鬼のように可愛いです(←叔母バカ)。
 総悟でやったら、可愛いかな?、と思って書いてみました。
 しかし、うちの子たちは、いい所まで行ってもやっぱり肩透かし(苦笑)。
(2008.07/19UP)