ここ最近、かぶき町を騒がせている変質者がいるとのこと。
ただそれだけなら、普通の警察に任せておけば良いのだが、今回はそうもいかないらしい。その変質者と見られている男が、攘夷一派として手配書が出廻っている男と同一人物らしいからだ。
若い女とすれ違いざま斬りつけていく、という血に飢えたような手口も信憑性を増した。
そんなわけで、真選組がこの事件を担当することとなったのだ。
「どうでィ、土方さん。似合いますかィ?」
「だから、何でてめーは、いきなり入って・・・」
副長室の襖がスパーンと開かれ、いつもの抑揚のない声が聞こえてきた。土方さんと呼ばれた男は、毎度この声に対して口をすっぱくしている小言をぶつけようと振り向き
目が点になった。
「似合いますかィ?って訊いてるんでさァ、脳ミソだけでなく、耳までマヨが詰まって聞こえなくなりやしたかィ?」
かなり失礼なことを言われているのだが、声をかけられている土方の方は目の前の現実を把握するまでに、たっぷり10秒をかけ漸く、あぁ、今日がXデーかと、合点がいった。
「どこの学芸会だ?、総悟」
総悟と呼ばれた青年は、その受答えが不満だったらしく紅をひいた唇を尖らせた。
「学芸会とは、ご挨拶じゃねぇか。おとり捜査を提案したのは、アンタなんでしょう」
目の前には、女物の着物を着た沖田総悟の姿があった。
5日前の捜査会議。
女性を狙った犯行ということで、おとり捜査を提案したのは他でもない土方だった。
ただ、この提案に反対した者がいる。こういう時に、重宝がられているはずの山崎からだった。
「副長は!、俺を!、過労死させる気ですか!!!」
いつもなら、副長の命令は絶対を貫いているはずの山崎が、一言ずつにアクセントをつけながら反論してきた。よく見ると、若干涙目になっている。
「あぁ?、何言ってんだテメー。俺がそんなにテメーばっかり酷使してるわけ・・・」
涙目の山崎を睨みつけそう言いながら、ここ最近の山崎の仕事を思い返してみる。
そう言えば、ここ最近不貞浪士の動きが水面下で行なわれているとの情報を立て続けに受け、そのたびに山崎を走らせていた気がする。報告書が上がったら次の潜入と、息つく暇もない忙しさ、だった・・・かな?。
言葉が途中で途切れ、煙草を咥えたまま動かなくなった土方のことを諦め、山崎はすぐさま土方の隣に座る近藤に泣きついた。
「局長ォォォォォォ!!!」
近藤も、山崎のここ最近の働きを知らないわけではない。監察方という仕事の他に、自分を含めたトップ3の野暮用までやらせていた感が否めない。哀しいかな、パシリ人生。
「山崎は、よくやってるよ。じゃあ、今回は別の奴におとり役を・・・」
そう言って一同を見回すと、自分と大差のないゴツい男達が雁首を揃えている。もっと下の位の隊士を使えば、女装をさせてもおかしくないような線の細い者もいるだろうが、手配書が出るほどの男の相手となると、腕の立つ者におとりをさせたい。
ため息をつきそうになって、ふ、と一番手前でゆらゆら揺れている影が目に入った。
そうだ、腕が立つ線の細い男なら、ここにいたじゃないか。
正直、生のままなら、山崎よりも整った顔立ちだ。山崎にできる変装がコイツにできないはずがない。
そう思って、近藤はまだ揺れている影に声をかけた。
「オイ、総悟。起きろ」
半分夢の世界に足を突っ込んでいた総悟は、近藤の言葉で目を覚ます。大きな欠伸を1つ吐いて
「近藤さん、会議終わりやしたかィ?」
「あぁ、お前がうんと言えば、この捜査会議は終了だ」
そうして、この日の会議はつつがなく終了したのだった。
そして今。
女物の着物を着た総悟が、土方の目の前にいる。確か、おとり捜査は夕刻開始のはずだと記憶している。
「まだ真昼間じゃねーか、何やってんの?」
だからこそ、まだ土方は執務室にて書類の整理をしていたのだから。
「いや、着付けにも化粧にも時間が掛かりそうだったんで、早めに着せてもらいやした。ちっとでも女物に慣れておかねーと。んで、土方さん」
似合いやすかィ?
再び、同じ質問を土方に突きつける。
正直、普段の整った顔立ちをした総悟から想像するに、女装した総悟は女と見まごうばかりになるんじゃないか、と予想していた。
「似合うとか、似合わねーとか、じゃなくてな」
しかし、所詮は芋侍だった。
「仁王立ちする女は、どうかと思うんだけどな。俺ァ」
今頃になって、山崎の変装技術の高さを評価した。ただ着物着せても、あぁはいかないものだったんだな、と。
「そうですかィ?、姐さんの仁王立ちはよく目にしやすけどねィ」
「あのゴリラ女を基準にするんじゃねーよ。かぶき町の女があんなのばっかりだったら、今頃こんな事件起きてもいねえ」
土方は、短くなった煙草を灰皿に押し付け、新しいものを取り出す。火を点けて、一息吸う土方の耳に「だったら」という総悟の呟きが聞こえた。
「似てやすかィ?」
あえて、誰に、と総悟も言わなかったし、土方も訊かなかった。
多分、お互いに分かっているはずだから。
あのひとに。
総悟の白い肌が映えるように用意された明るい色の着物、あまりどぎつくならないようにと塗られた、薄紅色の紅。
それは偶然だけれども、どれも彼女が愛用していた物と同じような物があつらえられた。
まだ、襖を開けた状態で突っ立ったている所為で土方を見下ろしている総悟の表情が、一瞬曇ったのを見逃せなかった。
土方はもう一息深々と煙草を吸って長い息を吐き出す。落ちそうになっている灰を、灰皿に落としながらやはりぼそりと呟いた。
「バッカじゃねーの」
畳のふちを彷徨っていた紅色の瞳が土方の視線とぶつかる。
「アイツはアイツ、テメーはテメーだろーがよ」
真直ぐに総悟の瞳を見据えてそれだけを言うと、休憩は終わったとばかりに総悟に背中を向け、書類の整理を再開させた。
1枚書類の決裁を終わらせ、署名を書いている土方の耳に静かに襖を閉める音が聞こえた。
何を思ってあんなことを訊いたかは、総悟じゃないから分からない。でも、きっと何度訊かれても、他の誰が異を唱えても同じ答えをするだろうな、と土方は思った。
件の変質者が、やけに勇ましい歩き方をする薄茶色の髪をした女と真選組に捕らえられたと、かぶき町で噂になるのは、また別の話。
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