ゴチソーサマ
 天人が襲来してきてから、江戸の文化が変わった。と、言うか異国の文化がところどころ取り入れられるようになった。
 取り入れられた文化は大体お祭りなので、幕府もあまり目くじらを立てないのだろう。
 色々な文化を吸収して自国にも取り入れる、お祭好きの国民性は嫌いじゃない。
 それどころか。
 簡単な呪文でお菓子がもらえるお祭りならむしろ大歓迎だ!、と糖尿予備軍・三十路前の坂田銀時は、腕の中を覗き込み今夜の収穫物に笑みを浮かべながら、強く強く思った。





 次の日、惰性でいつもの駄菓子屋に向かって歩いていくと、軒下の長椅子に見慣れた黒い隊服を見つけた。一瞬、拒否反応を示したが、定位置に座る色素の薄い髪の色の青年は、彼とそりの合わない副長の方ではなく、むしろ気の合う一番隊の隊長の方だと認めて、足取りも軽くそちらへ近づいて行った。そして、くじで取ったらしい凧糸付きの飴を咥えている青年の前に立つ。
「沖田くん、またサボリ?」
 『沖田くん』と呼ばれて、真選組一番隊の隊長は髪と同じ色素の薄い目を、くるりと銀時に向けた。
「サボリじゃねーです。巡回中の一服でさァ」
「一服にしては、ずいぶん居座っているんじゃないの?。その飴、もう凧糸だけになりかけてるよ?」
 可愛い顔をしている反面、中身はむちゃくちゃ男らしい沖田は、時々容姿に似合わない行動に出る。今も、口の端から長い凧糸をブラリと垂らして、銀時を見上げているのだ。広げた両膝に肘を付き、長椅子がなければ見事なヤンキー座りになるだろう。
 付き合っていれば分かる。容姿に似合わないこの格好こそが、彼らしいと。
「旦那だって、毎日サボリみたいなもんでしょーや。同じサボリ仲間、ちょっとばかし長い休憩くらい見逃して下せェ」
「銀さん、仕事あるときはちゃんとしてるよ!。毎日は仕事がないだけで、仕事がある時は真面目にしているからね!」
 きちんと仕事はしなさいよ、税金ドロボー。などと憎まれ口を叩きながらも、銀時は沖田の隣に座った。そこが彼の定位置だから。
 何も買わずに隣に座った銀時を、沖田が不思議そうに見上げる。
「旦那、今日は買い物しないんですかィ?」
「今日はね。昨日沢山貰ったから。お宅もやったんでしょ」
 糖分命の銀時とは違えども、お菓子大好きの沖田も、昨日のイヴェントに食いつかないはずかない。何より、ここのトップはお祭好きだ。
「勿論でさァ、真選組を舐めちゃいけませんぜ?。討ち入りもお祭りもいつだって全力で挑みまさァ」
「それはどうなの?、武装警察」
「でも、旦那なら駄菓子は別腹とか言うと思ってやした」
 沖田は飴のなくなった凧糸をぽいっとくずかごに投げ捨てると、今度は懐からんまい棒を取り出した。それを横目で見つつ銀時が優しい笑みを浮かべて呟く。
「これ以上糖分取ったら、銀さんしばらく病人食になっちゃうからね」
 もしかしたら、旦那はこの話をしたくてここに来たのかも知れないな、と沖田は後になって思うのだった。





 朝食後、『見廻りに行って来やーす』と言い残して出たまま帰ってこない総悟を、駄菓子屋から引き剥がした日の午後、土方は巡回中に見慣れた少年を見つけた。いつもなら、面倒事ばかり起こす万事屋の一員などには、すれ違いざま挨拶はすれど声を掛けるなんてことはしないのだが、今日はちょっとした気まぐれで呼び止めてしまった。午前中、総悟から気になる話を聞いてしまった所為だろう。
 買い物帰りらしく、大江戸スーパーの袋を提げて向こうから歩いている少年に声が届く距離になった辺りで、土方は口を開いた。
「おい、メガネ」
 低い声にふ、と顔を上げて『メカネ』こと志村新八は、土方の姿を見止めてふわりと笑みを浮かべる。
「あ。土方さん、こんにちは」
 ぺこりと頭を下げる新八の旋毛を見ながら、道場の息子らしい折り目正しい挨拶だ、といつも思う。年の頃は同じはずの総悟もこの位素直なところがあったら、と思わなくもないが、その反面そんな素直な総悟は総悟じゃないとも分かっている。溜息を煙草の煙にごまかして、短くなったそれを携帯灰皿に押し込んだ。
「買い物か?」
「はい、土方さんは巡回中の一服ですか?」
「午後も総悟が巡回のはずだったんだが、あいつに行かせたら、夕飯まで戻って来ねぇ」
 今頃は、土方の午後の予定だった剣術の稽古をつけているはずだ。自然と眉間に力が入る。しかし、向いからクスクスと笑い声が聞こえて視線を移した。
「何だかんだで、土方さんって沖田さんには甘いですよね?」
 意外なことを言われ、眉間の皺は浅くなったが思わず目を剥いてしまった。
「近藤さんは見るからに沖田さんにベタ甘ですけど、土方さんの場合、厳しくしていたり喧嘩していたりするように見えて最終的には沖田さんに優しいんですよね」
 のほほんとのたまう新八に意趣返しをしたくなっのは、そんなことを言われた所為もあったのだ、と土方は自分に言い訳をする。
「お前だって、あの白髪ヤローに甘いじゃねぇか。聞いたぜ、『芋羊羹』」
 その一言で、新八の顔色がどばっと赤くなった。
「ぎゃあ!、土方さん、ソレどこで聞いたんですか!」
「総悟から。総悟は銀髪の自慢話を」
「どこが自慢話だァァァ!。自慢っつっても、ビンボー自慢じゃねーかァァァ!」
 新八の照れ隠しのツッコミがかぶき町の空に響き渡った。



 10月31日、夜。新八は、自宅に帰るに帰れない状況だった。
 と、言うのも、どこから聞いたのか銀時がいきなり『はろうぃん』などという異国の風習を仕入れてきたからである。それは、駄菓子屋仲間の沖田からだと後日知ることになるのだが。
 兎に角、銀時の話によると『子供達が仮装をしながら、家々を巡り『トリック・オア・トリート』と叫ぶとお菓子がもらえる』らしい。
 『収穫のお祝いがメインだ』とか『アンタは子供じゃないだろう』とか色々言いたいことはあるのだが、永遠の少年である銀時にはそんな些細なことはまるで通用しなかった。
 そんなわけで万事屋の主は、ただ今本当の子供である神楽と一緒にかぶき町の家々を巡っている最中なのだ。
 河童の着ぐるみを身に着けた銀時は、出掛けにびしりと人指し指を突きつけ新八に言い置いていった。
「新八ィ。俺達は、これから狩人になる。よってこの家にも当然押し入るので、何か用意しておくように」
「ちなみに、お菓子箱に既に入っているのは、お菓子と認めないから新しいものを用意しておくヨロシ」
 何か色々と間違っている気はするのだが、無理を通せば道理が引っ込むを体現している2人に勝てるはずもない。意気揚々と夜のかぶき町に繰り出して行く狩人の後姿を見送りつつ、策を練る羽目になってしまった。
 ここの生活費を預かっているのは新八なので、家計がぎりぎりの状態だと痛感しているのも、新八だけである。できれば、こんなことで余計な出費をかさませることは避けたいのだ。
 それに。
 市販のお菓子はやっぱり糖分が多目だ。お祭りにかこつけて、銀さんの糖尿病へのタイムリミットを縮めるのも避けたい。
 新八は、ざっと台所を見廻した。
 昨日お登勢からお得意さまから貰ったと、お裾分けされたものが目に入る。
 時間もない、お金もない、考えている暇もない。新八は決心するとたすき掛けをして、調理に取り掛かった。



「どーせ、うちはビンボーですよ!。仕方ないじゃないか、チクショー!。目に入ったのがサツマイモだけだったんだから!」
 銀時よりも更にビンボー自慢を触れ回っていることに、逆ギレしていて万事屋の台所事情を声高に叫んでいる新八は気付かない。2本目の煙草を吸いながら、明日になったら万事屋は大繁盛間違いなしだな。と土方は思った。
 そろそろ、この可哀想な少年を救ってやらないと、後日彼の上司から嫌がらせの嵐になると見越して、短くなった2本目も携帯灰皿に突っ込んだ。
「落ち着け、メガネ。総悟から聞いた芋羊羹の話には、まだ続きがあるんだよ」





 いつもよりも優しい笑みを浮かべる銀時に、沖田はあれ?、と思った。
「旦那。そんなにかぶき町は、お菓子の大盤振舞だったんですかィ?」
 俺も屯所だけじゃなくて、かぶき町まで繰り出して行けば良かったなァ。とぼやく沖田に、銀時は違うんだよと返した。
「確かに、かぶき町の菓子も悪くなかったんだけどね。新八が」



 ゴールの万事屋に着くと、新八が玄関先で待機していた。
「お帰りなさい。大収穫でしたか?、銀さん、神楽ちゃん」
「見てくれ、新ちゃん!。かぶき町のお姉さま方は優しい人ばかりだよ!」
「いっつもアンタ、ババア呼ばわりじゃありませんでしたっけ?」
 袋いっぱいのお菓子を覗き込みながら、新八は溜息を吐いた。まあ、これで暫くはおやつの心配がなくなると思えば、良しとするか。
「そしてここが最後の1軒アルよ!」
「そうだ!。新八、トリック・オア・トリート!」
 キラキラと瞳を輝かせながら、両手を差し出す子供と自称子供。こんな2人だから、憎めないし一緒にいて楽しいと思う。苦笑を浮かべて、新八は台所へ姿を消した。
 そして、現れた新八の手には、黄金色のお菓子。
「うちには、今サツマイモならいっぱいあるんです。だから、これで」
一口サイズに切り分けられた、芋羊羹。出来立てのそれを摘もうとしたところで、新八から声がかかった。
「これと引き換えに、銀さんには条件があります」
「へ?」
「今貰ってきたお菓子は、全て没収。明日からのおやつにします」
 銀さんだけじゃ可哀想だから、神楽ちゃんもね。と釘を刺されて、神楽からブーイングが上がった。
 それには取り合わず、新八の『条件』は続く。
「このお菓子がなくなるまで、銀さんは駄菓子屋禁止です」
 これだけの糖分がこの家にあるんだから、これ以上甘いものをよそで摂取することないですよね?。
 『破ったら、しばらく病人食ですよ?』と笑みを浮かべる新八に圧倒され思わず、銀時はこくこくと首を縦に振った。



「そんで、その後芋羊羹にありついたんだけど」
 市販のものより、芋の味が濃い気がした。
「そう言ったら、『銀さん仕様ですよ』なんて言われたら、新八との約束破るわけには、いかないだろ?」
 銀時のためにと、砂糖少なめで作られたものからは、自分が大事にされているんだという気持ちが感じられて。
 暫く、駄菓子屋断ちをするのも悪くないよな、とまた笑みを浮かべた。





「『ゴチソーサマ』だとよ」
 腕時計で時刻を確認すると、思ったよりも長く立ち話をしていたらしい。この辺りでそろそろ巡回に戻らないと、と視線を向かいの少年に戻すと彼は袋を握り締めたまま俯いている。心なしか、綺麗に切りそろえられている黒髪から覗く耳が赤い気がする。長話で腕でも疲れたのだろうか、と声をかけようとした時
「お巡りさんが、一般市民を苛めている場合は、どこに通報すれば良いデスカー?」
やる気のない声が聞こえてきて、いけ好かない銀髪頭が視界に入った。
「大串くん。うちの従業員、苛めないでくれる?」
 さり気なく、新八の肩に手を乗せて下から見上げるその格好は、ヤンキーそのものだと思う。今日は、自分の気まぐれでこの少年を付き合わせてしまったと自覚しているので、騒ぎ立てるつもりはない。土方は万事屋の挑発を無視して踵を返した。
「長話に付き合わせて、悪かったな。メガネ」
 新八にだけ「じゃあな」と声をかけ立ち去ろうと数歩歩いたところで、その雇い主から意味あり気な声で呼び止められた。
「沖田くんがね」
 昨日のイヴェントの最中、ゴリラも他の連中も駄菓子で済ませたところに、一人だけ有名店のクッキーを「貰い物だ」って手渡した奴がいるってさ。
 土方の歩がピタリと止まった。
「前に1度食べたいって言ってたんだって?。なんか、よっぽど嬉しかったみたいで銀さんあてられちゃったよ」
 土方の肩がプルプルと震えだす。
 あぁ、確かに覚えていたとも!。でも、何もそんな事この天パに言うことないだろーが!。よりによって、この天パに!!
「ちゃんと、無駄金使わないで働くんだよ、税金ドロボー。あ、貰い物だったっけ?」
 思わず振り向いた土方に向かって、借りは返したとばかりに男はニヤリと笑みを浮かべた。
「ゴチソーサマ」
 ハロウィンに間に合わなかったのでハロウィン後日談で。
 なんだか、視点があちこちに移っちゃって読みづらいかも?、と思ったんですが、全部を詰め込んだら、こうなりました。スイマセン・・・。
(2008.11/03UP)