ハロウィン小噺
 「とりっく・おあ・とリーと!!!」
 昼休み、昼食がちょうど終わった頃、7組の教室中に響き渡る声。

 クラスメイトではないはずのその声を聞きつけ、本日の部活の練習メニューを打ち合わせていた花井が、思わず声のした方を振り向くと、果たして想像通りの声の主、田島悠一郎が教室の後ろのドアで仁王立ちをしていた。この紙一重の天才4番サードの姿を見とめて頭を抱えそうになる。

 何故なら、彼の頭には燦然と輝く天使の輪が光っていたから。

「何の真似だ?、田島」

 当然という顔をして、近づいて来た田島の頭上に掲げられた天使の輪、ふわふわの羽で作られているその両脇には、ご丁寧に同じ素材で小さな羽根も付いていた。
「だから、とりっく・おあ・とりーと」
 満面の笑みで花井に両手を差し出す田島の表情には一点の曇りもない。きっと彼は、意味も分からずこの呪文だけを聞いたのだろう。
「田島、意味分かってる?」
「いや、これを花井に言ったら、花井がお菓子をくれるかも?、て言われた」
 なんで、俺限定なんだよ、と花井は更に頭を抱える。
 だが、『かも?』という未確定の情報なのだから、何が何でもお菓子をやらなくても良いのだろう。絶対田島はこの意味を知らない。
「田島。悪いけど、お前にやれるものは・・・」
『ない』と続けようとした時、またもや、クラスメイトではない声。
「田島ー。お菓子くれなかったら、花井の頭に落書きして良いぞー」
「とんでもない知恵を付けるな!!」
 ご丁寧に油性ペンを片手に入ってきた黒猫・泉にものすごい勢いで反論する。油性ペンが田島の手に渡る寸前で、その凶器を奪い取った。
 黒猫の耳を付けた泉がちょっと残念そうな笑みを浮かべる。
「花井の頭、すごく書き易そうなのにー」
なんならおでこに『肉』でも良いよ?、と奪い返そうとする泉の手に渡らないように、ペンをポケットにねじ込み、胡乱な目つきで睨みつける。
「この入れ知恵は、泉の仕業か?」
「いや、発端は三橋」
 聞けば、昨日まだ日本では定着していない、このお祭りの話題になり、三橋は去年群馬の家でパーティーを開いたとのこと。こんな簡単なことでお菓子が貰えるなら、明日仮装の準備をして昼休みに学年中を渡り歩こうということになったそうだ。

 花井は頭を抱える。貰う方の準備だけしても仕方がないだろう、せめて一言言ってくれれば、用意くらいしたのに。
 この時点で、同学年のチームメイトにお菓子をあげなければならない義務など、どこにもないということに気付かない彼は、哀しいほどに長男気質であった。
「そう言えば、その三橋はどこに行った?」
「あぁ、三橋なら・・・」
 そう話している矢先に今度は教室の前から二つの声が聞こえてきた。呪文はさっきと同じもの。
 片方のおどおどしている、でも覚悟を決めたような声は確かに三橋の声だ。呪文の前に『と』が複数付くのはご愛嬌。
 振り向くと、兎の耳をつけた三橋と、その手を引っ張っている浜田の姿が見えた。『にっ』と笑みを浮かべると浜田の口元から鋭い牙が見える。シルクハットがないのが残念だ。
「浜田と一緒に、1組から廻ってもらった」
 さすがに1組から廻って来ただけあって、ジャック・オ・ランタンを模ったバックの中には、半分ぐらいの収穫物が詰まっている。
 浜田さん・・・。アンタ年上なんだから、この3人を止めて下さいよ。何でそんなに率先してクラスを練り歩いているんですか・・・。と、花井は本日数回目の頭痛を感じ、頭を抱えた。
 そろそろプロテインではなく、胃薬のお世話になるかも知れない、気苦労絶えなくて・・・。

「そんなわけで、花井。とりっく・おあ・とりーと!」
 そんな花井に、再び田島が手を差し出す。しかし、菓子を持っていない花井があげられるものはなく。
 田島の右手にはどこからか取り出した油性ペン。このままでは、坊主の危機!。花井の背中にいやな汗が流れた。
 その時。
「水谷、お前いつもお菓子持ち歩いているだろ?」
 それまで傍観を決め込んでいた、阿部が漫画を読んでいる水谷に声をかける。確かに甘い物が大好きな水谷なら、何かしら持っているだろう。
 水谷は、「あるよー」と答えて鞄の中を漁ったかと思うと、ファミリーパックのクッキーを取り出す。それぞれ2つずつお化け達に分けると、彼らは用は済んだとばかりに「じゃあ、また放課後!」と教室を後にした。

 小さな台風のような彼らを見送り、花井は阿部に向き直る。
「助かったよ」
「いや、今日水谷が袋ごとクッキーを持ってきているのを知ってたから」
 なんでもないように、ノートに視線を落としながら阿部が答える。
 同じ中学出身の栄口は『阿部は酷いヤツ』と言うけれど、中々どうして、良いヤツじゃないか。
 そう思った花井の耳に、阿部の呟きが聞こえてしまった。
「俺も、花井の坊主頭に落書きされた姿を期待していたんだけどね」
 そんな奴が自分の部のキャプテンだと思うと恥ずかしいから、考え直した。

 10/31、お化けに扮した子供たちが街中を闊歩する日。
 本物のお化けは見なかったけれど、本物の悪魔なら目の前にいる。

 花井が胃薬を常備する日もそう遠くないかも知れない。
 「9組と7組は仲良しなんだよ!」、というのを言いたかっただけのSSでした。
 水谷くんをもっと絡ませたかったのがちょっと心残り。
 ちなみに、田島君がかぶっている天使のカチューシャは、本当に売ってます。見た目は結構可愛いです、ふわふわでv。

(2007.110314UP/11.01移行)