チョコレート奇談
「いいか!今日、明日はぜっっっっったいに家から出るなよ!」
 普段はそんな無理強いをしない悟浄が、珍しく八戒の行動に制限を出してきたのは、八戒にとっては昼食、悟浄にとっては朝食を済ましてひと段落ついた時だった。
 食後のコーヒーを両手に持ってリビングに戻って来た八戒は、悟浄のカップを彼の前に置いたままの状態で固まってしまった。
「・・・・・。何故ですか?」
 明日は金曜日なので、特売の店が多いんですよ?勿体無いじゃないですか。
 実は密かに明日は、悟浄にも手伝ってもらって買出しに行こうとしていたのに。悟浄のこの様子では、きっと断られるだろう。
 週末に向けて、新鮮な肉や魚が入ってくるので、消費期限ギリギリで値下げされている生鮮食品が豊富なのに。
 思考がすっかり主婦づいている。
 一方、まさか訊き返されるとは思っていなかった悟浄は、ぐっと言葉に詰まる。「あ〜」とか「う〜」とか言葉を濁したまま、明確な返答をすることもなく、ハイライトの箱をいじっている。
「何か、まずいことでもあるんですか?」
「ん〜、まぁな・・・。兎に角、明日一日だけ我慢してよ」
はっきりした理由がなければ、八戒としても答えようがない。とりあえず、こちらも「考えておきます」という、はっきりしない返答で済ませてしまった。



 そして、翌日。
 日が高くなってから起きて来た悟浄は、リビングのテーブルの上を見てあんぐりと口を開けた。
「おはようございます、悟浄。それ、僕の気持ちですv」
「・・・・・。嘘つけよ、お前・・・」
 のほほんと、キッチンから顔を出して来た青年の姿を見て、がっくりと肩を落とす。あれほど、約束したのに・・・。と少々非難しそうになった。
「行ったのか?」
「はい、やっぱりチラシを見ていると、どうしても損をするような気分になったので。チェックを入れた店だけ回ってすぐ戻ってくるつもりで出掛けたんです」
 八戒のほうも、幾分困惑しているのだろう。普段よりも、少々眉尻が下がっている。
「すいません、今日がお菓子屋さんの陰謀デーだったことをすっかり忘れていました」
 テーブルの上には、色とりどりのプレゼントの山が築かれていた。テーブルに近づくだけでも、甘い匂いがしてきそうだ。とりあえず、テーブルがこの状態では、食事すら摂れそうにない。八戒が今日の買出しで貰った大きな買い物袋(俗に言われる三角袋である)を持ってきて、その中に移し替えていく。
「顔見知りの方々がここぞとばかりに僕に渡していきましたよ?毎年、貴方用に準備をしても、全然貰ってくれないからって口を揃えて言ってました」
「モテる男のツライとこだよな〜」
 貰ってきてしまったものは仕方がない。少々、諦め気分に浸りながらハイライトのパッケージを取り出す。悟浄が煙草に火を点けている間に八戒がパンパンになった三角袋をキッチンに持って行った。暫くすると、珈琲の良い香りが漂ってきて、マグカップを手に八戒がリビングに戻ってきた。
 悟浄の前にマグカップを置きながら、「でも・・・」と呟く。
「意外でした、貴方なら毎年、喜んで貰いまくっているだろうと思っていたのに・・・」
「天下の悟浄サマがそんなモテない男みたいな真似するはずねーだろ?こんな日に出掛けて行ったら、チョコレート攻めに遭うのは、目に見えてるじゃん。あんまり甘いモン得意じゃないから、どれだけ集まるかと思うとゲッソリしちまって、誰からも貰わないようにしていたんだよ」
 一月後にお返ししなくちゃならないのもめんどくさいだろ?
 今までは、それで良かった。しかし、今年は同居人がいる。ウッカリ外に出そうものなら、宅配便代わりに使われるのは目に見えていた。しかも同居しているのは、いつも穏やかに笑っていて、頼まれたら何でも引き受けてしまいそうな印象の八戒だ。だからこそ、あんなに子供のように駄々をこねてみたのだが・・・。
 悟浄は、本日何度目かのため息をついた。珈琲を飲み干しシンクに片付けようとキッチンに入って、再び目が点になってしまった。
 三角袋が二つに増殖している。
 キッチンの入り口で歩みを止めてしまった悟浄に気付いて、八戒がやや困惑した声音で謎を解明してくれた。
「貴方に渡していった方のほぼ全員が、僕用のものも用意してくれていたようです」
「さらに倍かよ・・・」
 キッチンの入り口の柱に寄りかかりがっくりと頭を垂れた。
「どうするんだよ?このチョコレート地獄」
起きたばかりだと言うのに、一日分の精気を取られてしまったような悟浄が八戒に問い掛ける。訊ねられた方も、暫く「う〜ん」と唸ってとりあえず・・・。打開案を示した。
「悟空に協力して貰う他なさそうですね」



 それから暫くの間、悟空が悟浄の家に行くと、八戒が手作りのお菓子でもてなしてくれた。それが決まって茶色くて甘いケーキだったり、クッキーだったりするのだが、美味しいことには変わりないので、悟空には何の不満もなかった。さらに、八戒がお菓子を作り始めると、悟浄がゲンナリとした表情で出掛けてしまうので、オモチャにされることがないのも大満足だった。



<おまけ>
「悟浄、僕思うんですけど…」
「なに?」
「チョコレートを貰うのが嫌なら、素直にそう言えば次の年から、違うプレゼントに替えてくれるんじゃないですか?」
「・・・・・。あ・・・・・」
「・・・。まさかと思いますが、今までそこに頭が回らなかったんですか?」
 「とりあえず、バレンタインだから・・・」と、思っての突発SSです。
 突発(制作時間2時間・・・)で仕上げたわりには、ほんとに「日常」っぽさが出てちょっと気に入ってしまいました。
 バカギャグじゃないけど、ちょっとでも、「くすv」と笑んでくれたら、幸せですv
(2003.2.14UP)