天蓬元帥に関する一考察−クッキング編−
 西方軍大将・捲廉は戸惑っていた。それは、「落ち着いている」・「ちょっとのことでは動じない」と評される彼らしくないほど戸惑っていた。
 まかりなりにも、一つの隊の長を任せられているのだ、それを統率できる器を持つ大将を動揺させられるのは、おそらく、天界の中でも、限られてくるだろう。
 そして、動揺を生じさせた人物は、やはり、それが出来うる者なのだ。
 捲廉の前には、彼の副官である天蓬元帥がにこやかな笑顔でたたずんでいた。



 執務室とは言いがたい部屋の中で大掃除が行なわれた。しかし、引越しがあったとか、部屋の模様替えとか、生易しいものではない。
 知識も多く、話題も豊富。落ち着いた物腰と、的確な判断、更に笑顔がすこぶる良い。大将と同じくらい信頼されている天蓬元帥には、ちょっと困ったクセがあった。

 そのいち−度を越えた収集癖があり、気に入ったものだったら、例えジャンクフード店の看板老人だろうが、薬屋の前の象だろうが「落ちてましたv、可哀想でしょう?」と(一見)罪のない笑顔でお持ち帰りをしてしまう。
 そのに−知識を深めるため、本を読む。兎に角読む。ここなら、国立図書館が開けるのではないだろうか?と思えるほどにジャンルを問わず本を読み漁る。読むものがなくなったら、下界に降りて買ってまで読む。そして、読んだ本を片付ける時間さえ惜しいので、自分の隣に積んでいく。

 その結果として、本と訳の分からないオブジェに、机の上はもとより床全体が覆われ、執務室としての役目をなさなくなってしまった部屋が出来上がる。
 更に、軍事のことだったら、なんでも器用にこなす筈の元帥殿の辞書には、「片付け」という文字が存在しなかった。初めて西方軍に叙任された時、捲廉は知らずにこの状態の部屋に入って本津波にのまれてしまった苦い経験をもっている。
「だから、何でこんなになるまでほおっておくんだよ!お前は!!」
「さあ、僕にもさっぱり・・・。今回は、一体何日トリップしていたんでしょうね」
「トリップの話じゃねーだろ!俺は、ここの片付け要員じゃねーんだぞ!」
ぎゃあぎゃあと喚く大将と副将の言い合いに地の底を這うような声が聞こえてきた。声の主は、輝くばかりの見事な金髪を三角巾に纏めている
「うるせぇ・・・。口を動かす前に手を動かせ」
「言っとくけどなあ、口だけ動かしてるのは、天蓬だけだぞ」
「天ちゃーん、この本はどこに運ぶの?」
「ほんとに悟空は良い子ですねぇ。そこの棚にお願いしますv」
イヤですねえ、年をとると文句ばかり増えて・・・。と天蓬がアークロイヤルに火を点けて、ため息とともに煙を吐き出す。その甘い独特の香りを嗅いで一瞬、捲廉と金蝉の心の中に殺意がよぎったとしても、誰も彼らを責めたりしないだろう。



 「腹減ったー!」
執務室が4人の手によって執務室らしくなった頃、少年がぺたんと床に腰を下ろした。その呟きを聞きとめた天蓬が、ふわりと悟空に笑顔を向ける。
「結局1日かかってしまいましたね、お礼として今度、僕がご馳走します」
「って言ったって、こんな中途半端な時間じゃ食堂開いてないんじゃないか?」
天蓬の提案に捲廉が待ったをかけた。丁度、昼食と、夕食の間の時刻、確かに食事には中途半端な時間だ。
「誰が、食堂に案内するといいました?」
「は?」
「僕は『ご馳走する』と言ったんです」
時々、捲廉には副官の言いたいことが分からなくなるときがある、今がその時だ。そして、天蓬は更に言い募った。
「作るのは、僕です」

一瞬

時間が

止まった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。お前が?」
「何かご不満でも?」
「って、軍事と読書以外全てにおいてめんどくさがり屋のお前ができるのかよ?」
捲廉の驚きはもっともだと金禅は思う。何しろ、彼より付き合いの長い金禅でさえ、天蓬が食事を作るなどというシーンにはお目にかかったことがないのだ。
 しかし、天蓬本人にはこの驚きは意外だったらしい。茶色の瞳を瞠目させた。
「あなたも大概失礼ですね、僕の本棚に料理の本が並んでいるのを知らないんですか?」
そう言われて、本棚を思い返してみる。確かにあった。「今日の料理」「キュー○ー3分クッキング」から始まって「ひとり○できるもん」やアイドルグループの出したレシピ集(全シリーズ)。何故か「こっ○クラブ」のおまけについているような「子供が喜ぶお弁当作り」などという薄い本まであった気がする。
「料理は、レシピ通りに作れば何も心配は要らないでしょう?。悟空待っていてくださいねv」
ひらりと、白衣をはためかせて綺麗になったばかりの執務室を後にする。後に残ったのは、何も知らずただただ喜んでいる悟空と、長年の付き合いのお陰で心配が上回ってしまっている、捲廉と金禅の2人だった。
「なあ」
「ん?」
「食えると思う?」
一瞬の間が出来た。捲廉が仕事の後の一服とばかりに煙草に火を点ける。
「まあ、大丈夫だとは思うが・・・」
意外な金禅の返答に捲廉は煙を気管に入れそうになった。
「マジ?」
「確かにめんどくさがりだが、嵌まっているものには、これでもか!と言うほどの情熱を注ぐだろう?」
「・・・・・。オタクの性ってヤツか・・・」
捲廉は短くなった煙草をもみ消し、とりあえず胃薬を準備しておこう、と執務室を出て行った。



 そして、冒頭の戸惑う大将に戻る。にこやかな天蓬と自分の間には数々の料理がある。果たして、これはちゃんとした調理器具を使ったものなのだろうか?彼のことだから、もしかしたらビーカーやらフラスコなどを使用したものかもしれない。恐る恐る箸と小皿を手にとった。
 しかし。
 結局、捲廉と金禅の心配は杞憂に終わった。
「うっっっっめぇぇぇぇ!、天ちゃん料理上手だな!」
出て来たものは、見栄えは兎も角、味の方は天界の料理人に負けずとも劣らない代物だったのだ。恐々と、口に運んだ2人が吃驚するほどの出来栄えである。
 一方、天蓬は、その驚く彼らを瞳に映し、ふふんと勝ち誇ったような笑みで見下ろした。
「僕の腕も馬鹿にしたもんじゃないでしょう?」
その一言にただただ、言葉をなくすしかない。こんな2人の表情が見られただけでも、作った甲斐があるというものだ。今度は軍の面々にご馳走をしてみようか、と天蓬はほくそえんだ。



 数日後。
「何故ですか?」
「お前、胸に手を当てて考えろ」
捲廉大将の執務室で、上官2人が言い争いをしていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・。分かりません、何故料理禁止なんですか?」
胸に右手を当てたまま、目の前の男に視線を向ける。トントンと右手の人差し指で机の上を叩き、左手で眉間を抑えている捲廉だって、先日自分の作った料理に満足してくれたではないか。何故、今になって、料理禁止令を出されなくてはならないのか。
「確かに料理は美味かった、それは認めるよ。ただなあ」
「ただ、なんです?」
「厨房から、元帥立ち入り禁止令が出たんだよ」
「はい?」
話が見えない。食器は勿論、調理器具だってどこも破損させていないはずだ。訳が分からない、と言わんばかりの副官に捲廉がため息混じりに呟いた。
「使ったもの、どうした?」
「え?」
「お前が使った後、嵐が去ったような状態になるから勘弁して欲しいんだと」
初めて料理を作って、要領良くキッチンが使える筈がない。天蓬は、散らかし放題散らかした。そして、そのままの状態で放置した。自分のテリトリーを荒らされて料理長が黙っている筈がない。いくら上官と言えど、許せることと、許せないことがあるのだ、そのくらい彼は自分の仕事に誇りを持っていた。
 結局。
 天蓬は、やはり片付けが出来ない男だった。
 その後、天蓬元帥がキッチンに立つことは、なかったと言う。
 大将ばかり副将の手料理を食べたと、捲廉は部下達に散々文句を言われるのだが、知らない方が幸せだということもこの世の中にはあるのだ。
 バカネタですいません。こーいうバカネタ、書くのが好きなんです。
 あぁぁ、ジープの話をUPする前に、外伝出しちゃいました、ごめんねvジープ
 外伝メンバーは、現世メンバーとも性格がまったく違うので書くのがちょっと大変でしたが、楽しかったです。
 また書く機会があったら書いてみたいです。
(2003.5.9UP)