―――あぁ、良い天気ですね―――
慶雲院を一歩出ると、そこには暖かな陽の光が降り注いでいた。八戒が空を仰いでふと呟いた。
それが俺達の腐れ縁の始まりだった。
「なんっか、前にもこんなことなかったっけ?」
悟空が呟いたのは、鳥居の続く階段の途中。「カミサマ」を名乗る男の城から次の街へと向かうべく、来た道を戻るところだった。
「こんなこと・・・ですか?」
悟浄は話を引っ掻き回すことは好きでも、悟空の話をまともに汲むということは滅多にない。保護者であるはずの三蔵は、もとよりマイペースな人間なので論外。こういう悟空の呟きを話題として取り上げるのは、もっぱら八戒の役目だった。八戒の問いに悟空は何かを思い出すようにやや斜め上空を睨みつける。暫くうーん、と唸っていたかと思うと、「あ。」と声を上げた。どうやら「こんなこと」を思い出したらしい。
「あれだよ、あれ。八戒と悟浄がりんごを届けてくれた時!」
「あぁ、あれですか・・・」
確かにあの時も、他愛のない話をして、4人で歩いた記憶がある。あの日から、それぞれ別の場所を回っていたはずだった人生の歯車が、所々で噛み合うようになった。一緒に旅をするようになり噛み合いっぱなしになって、もう1年くらい経つだろうか?
「あれ?どのくらい前の話だっけ?」
悟浄がハイライトをパッケージから取り出し火を点ける。
「えーと・・・。どれくらい?」
悟空が記憶を辿るように指を折って数え始めた。そこへ、八戒が助け舟を出す。
「そうですね、確か3年くらいだと思いますけど?」
「うっわ、まだそんなもんなの?!。もっと経ってるかと思えば!!」
「俺にとってはもう3年だ。この旅がなければ、おまえ達との付き合いなんざ」
隣でくすりと笑う八戒の声が聞こえた。
「三蔵、諦めてください。きっと旅なんかしなくたって、僕たちとの縁は切れていないと思いますから」
どこまでも続く鳥居、今は、カミサマの作った霧も晴れ、鳥居の上には、明るい空が広がっていた。
「悟浄、とりあえず今は無事を確認できたので、結果オーライで責めることはしませんが、実は僕かなり怒っているんですよ?」
危なっかしい、三蔵の運転にも何とか耐え、ジープは無事に次の町まで辿り着いた。途中、うっかり舌を噛んで気を失いそうになることはあったが、同乗していた3人もとりあえず息はしているようだ。そんな状態だったので、町に着いて最初に見つけた宿屋をその日の宿泊先にした。2人部屋を2つ取りそれぞれ、悟浄と八戒、三蔵と悟空に部屋割りは決まった。
悟浄もダメージを受けているが、カミサマの攻撃をバリアも張らずに受けた上、三蔵の撃った弾丸をこすっただけとは言え受けてしまった八戒の身体の怪我は彼以上に酷い。とりあえず、怪我の具合を見て傷口に薬を塗った後、包帯を巻いているところで八戒がぼそりと呟いた。
「そっか・・・」
「そうですよ。僕にあの道を一人で帰れって言うんですか?」
八戒の白い背中が、それよりも更に白い包帯に覆われていく。
「あの道?」
「慶雲院から悟浄の家に帰るあの道です」
ジープが来てからは、ほとんど移動はジープに任せっきりだったのだが、八戒は、ジープが彼の元に来るまで2人で歩いたあの道がかなり気に入っている。買い物に行った帰り、慶雲院に2人を訪ねた帰り、必ず通る道。悟浄の家が森の奥にあるため、どこに行っても森の小道を通らなければいけない。その木々の間からこぼれる光を感じ、2人で他愛のない話をしながら肩を並べて歩く道が、その時間が八戒は気に入っていたのだ。もっとも八戒自身も、今回のことがなければ、そのことに気付きもしなかったのだが。
「この旅が終わったら、僕は貴方とあの道を一緒に歩くものだと信じて疑っていなかったんです」
この感覚は自分でも手に余るものだった。
「それなのに。貴方がいなければ、僕は1人であの道を歩かなくてはいけなかったんですよ?」
2人で出かけたはずなのに、帰るときは1人だなんて、そんなこと考えもしなかった。
八戒の背中がぴくりと震えた。
「悪りぃ・・・」
もっと言いたいことはあったのだが、どんな言葉も言い訳にしかならなくて。言葉にできるのはそれが精一杯で。
「本当に悪いと思っているんですか?」
「思ってマス」
「なら」
急に八戒が動くものだから、包帯が悟浄の手を離れてしまった。短くなった包帯の余りは床に届く前にすべて伸びきって、八戒の背中へと続いている。くるり、と身体ごと振り返り、八戒は悟浄の顔を見た。
「約束してください。旅が終わったら、あの道を2人で帰ると」
あれから。
もう3年も経ってしまったのに、あの日のことがつい昨日のように思える。あの道を2人で初めて通ったときは、お互いに距離が掴めず白々しい空気が漂っていた。どうやら、3年の月日は馬鹿にしたものでもないらしい。
2人であの道を帰ること。それは、お互いが無事に旅を終えなければ成り立たない。自我を失わず、命を落とさずにこの旅は終えることができるのだろうか?。
確証は、2人ともないのだけれど。
「リョーカイしました」
旅が終わったら、2人であの道を帰ろう。
俺達を待つあの家に続く、道を。 |