2学期になって、祐太郎はある友人が気にかかるようになった。 同じクラスではないけれど、塾が一緒でゲームが好きで、特にRPG以外の話題は向こうから振って来る。不思議に思って訊いたら「だってカッちゃんはRPG命だから、話にならないんだよ!」と口を尖らせた。くるくると変わる彼の表情を見ていると、芦川のことを思い出す。「芦川とこいつを足して2で割れば、良いバランスが取れるんじゃないかな?」と。 そんな数ヶ月の同級生とは全く正反対の性質を持つ友人、それが三谷亘だった。 「気にかかる」というのは勿論ゲームのことではない。この三谷の雰囲気が、夏休み明けに変わった気がしたのだ。 芦川と三谷。全く正反対の印象を持つ2人なのに、何故か最近の三谷を見ていると、芦川を思い出す。 思い当たる節がないわけではない、夏休みに入ったばかりの頃、三谷が芦川を尋ねて祐太郎のところに来たのだ。 この時、祐太郎は三谷の両親が大変なことになっていることを知ったばかりで、自分の経験も踏まえて気にはなっていたのだが、あの時の三谷はそれ以上に芦川の行方ばかりを気にしていた。 おかしいじゃないか、だって三谷は芦川と一緒に居たことがなかったのに。三谷から芦川のことを聞いたのもその時が初めてだったのに、何を必死になっているんだろう?。 そんな風に感じたのだが、思えばあの頃から三谷の雰囲気は変わっていたのかも知れない。 芦川の時と同じデジャヴ。接点のなかった芦川を気にする三谷。 三谷の変化の原因が何か分かれば、あのときの違和感の正体が分かる気がした。 そんなわけで、祐太郎は、三谷亘という少年が気にかかるようになった。 この日、三谷が塾の問題で分からないところがあって、祐太郎に泣きついて来た。元々、三谷は算数は得意だし頭の回転は早いので、引っかかっていた箇所をアドヴァイスすれば、後は簡単にするすると解かれていく。問題を解いて「ばんざーい!」と三谷がノートを投げ出したときには、教室には2人だけになっていた。 家までの帰路、二人は肩を並べて歩いていく。のぼる話題は11月に発売されるゲームのことで、あれ以降三谷の口から芦川の話は出ていない。こうやって話している三谷は、やっぱり祐太郎のイメージに残っているくるくると表情の変わる「三谷亘」のままだった。 「本当に有難う!。遅くまでつき合わせちゃってごめんね」 「大丈夫だよ。オレもあれには手こずったから」 分かれ道に差し掛かって、三谷が祐太郎に右手を差し出す。どうやら、この右手は感謝の気持ちの表れらしい。祐太郎も笑顔でその右手を取った。芦川とは違う、温かい右手だった。 ふうわりと、2人の間に風が吹く。 「ヴェスナ・エスタ・ホリシア」 思わず口に出た魔法の呪文。自分で呟きながら、祐太郎は突然の行動に驚いた。それ以上に驚いたのは 「・・・っ!」 まるで何かにすがるように、力を込めた三谷の右手。痛みを訴えようとして、顔を上げた先に 「宮原?、今の・・・」 それすらもはばかれる様な、元々大きな両の目を驚愕に見開いた表情の三谷。 「三谷?」 「何で、宮原が、その言葉を知っているの?」 「これは、芦川が・・・」 「・・・ミツル・・・?」 三谷と芦川は、接点がないと思っていたのに。 三谷の口から出てきた芦川の名前。 「芦川」ではなく無意識に「ミツル」と呟いた少年。 三谷なら、あの時の問いに答えられるかもしれない。 「芦川がさ、引っ越す前にそう呟いたんだ。どんな意味か分かるか?って」 その瞬間 見開いた三谷の瞳から透明な雫が静かに流れ落ちた。 それは、頬から顎を伝い、握られた2人の手にぽとりと落ちる。 こんな表現、11歳の少年に使う形容詞ではないとは分かっているけれど。 その流れた涙と浮かべた笑みはとても綺麗だ、と祐太郎は思った。 「再びあいまみえる時まで」 「?」 「その言葉の意味だよ」 涙をぬぐうこともせず、にこりと笑った三谷の頬から、また雫が落ちる。 「ミツルは覚えていたんだ・・・」 あれは、お前の声じゃない 芦川が、去り際に呟いた言葉。きっと、芦川が聞いた声は三谷の声だったんだ。芦川が彼を「三谷亘」として認識していたかは分からないけれど。 推測ではなく、確信として祐太郎は感じていた。 きっと、芦川にその言葉を送ったのは、目の前の少年だろう、と。 そして、 芦川と三谷の間には、その言葉で繋がれた何かがあり、祐太郎の感じていた違和感もそこに繋がるんだろう、と。 多分、自分には、2人以外には入ってはいけない何かが。 「ねえ、宮原」 暫くそのままでいた少年は、涙をぬぐうと祐太郎に視線を合わせた。 目が赤い。でも、嬉しげな笑顔。 「もう一度、僕は逢えるかな?」 誰に、とはあえて言わなかったけれど、思い描いている人物はひとり。 「あいつがそう言ったんだ。逢えるんじゃないの?」 再びあいまみえたその時 一体彼はどんな表情をするのだろう。 日が沈んで瞬く星空を見上げ、祐太郎が思い出すのは、芦川の最後の笑顔だった。 |
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