Present For Me・2
※ご注意!※
 
空知御大に敬意を表して、カタカナメーカーを充て字にしてみました。
 そんなわけで、『四九茂苦』は『ヨックモック』とお読み下さい。






  「土方さん、お返しは四九茂苦のクッキーで良いですぜィ」
これから、見回りに行こうと靴を履いているところで、土方は後ろから声をかけられた。靴を履きながら、相手の足元を窺うと、隊服ではなく袴の足が見えた。どうやら彼は非番らしい。
 相変わらず唐突なヤローだ、と心の中で毒づきながらも、土方の性格上無視をすることはできない。それよりも何よりも、そのまま素通りすれば最後、次に飛んでくるのは、言葉ではなく弾丸かミサイルか。また、彼の言葉に引っかかるものもあったので、声だけ後ろに立つ青年、沖田総悟に返した。

「何?、その高級菓子。主食じゃねえ物に、そんな金出せるかっつーの」
「バカ言っちゃあ、いけやせん。俺にとっちゃ、主食も同然」
「主食なら主食らしく、メシ食えメシ。菓子ばっかり食ってたら体壊すぞ。ただでさえ俺たちゃ、体力勝負の仕事してんだからよ」
「糖分は疲れた体に良いんですぜ。その証拠に、万事屋の旦那は糖分だけで一生生活できるって言ってやした」
「良いんだよ。一生っつったって、アイツは糖尿病で先が短いんだから」
「旦那は、糖尿病じゃなくて予備軍でさァ。それに」
一拍間をおいて、総悟が続きを一気にのたまった。
「旦那が糖尿予備軍なら、アンタは肺ガンと脳梗塞予備軍ですねィ。予備軍同士で、相変わらず仲が良いや」
 『しかも、土方さんの方がひとつ多くて旦那より一歩リード』とダメ押しのように言われて、結局総悟のペースにのってしまう。
「仲良くもねぇし、リードもしてねぇよ!。つーか、さっきから気になっていたんたけど、何だよ『お返し』って!」
 立ち上がり振り返った先には、相変わらず何を考えているのか分からない総悟の顔。その腕に抱えている紙袋からは、駄菓子の類と思われるクッキーや飴などが詰め込まれていた。
「何だよ、総悟。そんだけ持ってるなら、わざわざ四九茂苦のクッキーなんざいらねぇだろ?」
 土方の視線を感じて総悟も腕の中の紙袋に視線を落とす。合点がいったというように口の中で「あぁ」と呟くと、再び視線を土方に戻した。
「これは、皆からの正当なお返しでさァ。アンタだけ、催促しないとくれなかったんで、こっちからリクエストさせてもらいやした」
「だから、何のお返し?!」
堪忍袋の緒がまだかろうじて繋がっているような状態で、噛み付くように訊き返す。
 本当に血圧が上がって、プチンといって倒れそうだ。もしかして、それすらもコイツの計画?。イヤイヤイヤ、その手は食わねーぞ、総悟。
 土方が疑心暗鬼に苛まれている向かいで、総悟は軽くため息を吐いた。
「土方さんともあろうお人が、そんなんじゃ困りまさァ。モテるアンタが何で恋人が出来ないか、分かったような気がしやす」
 今日の日付、覚えてますかィ?。
 尋ねられて、もう1度日付を確認する。

 3月の14日。

 ここ数年の間に、天人の習慣が入ってきて、色々なイヴェントが増えてきていたことに思い当った。
 そう言えば、ちょうどひと月前、土方はチョコレートの山と、隊士たちからの嫉妬の視線に責められた。山崎曰く、その日は『ばれんたいんでー』という日になり、好きな男にチョコレートをあげて告白をするという日に決まったらしい。
 その逆に、男から女にお返しをする『ほわいとでー』という日がひと月後にあると、一緒に教えられたことをようやく思い出した。煙草に火を点けて、一服。煙を吐き出すと同時にぼそりと呟く。
「そう言やあ、今日がその日か」
 元々、どっかの銀髪みたいに甘い物が得意じゃない土方にとっては、そんな習慣迷惑以外の何者でもない。屯所の前に人の往来が増えて落ち着かないわ、ヤニにも勝る甘い匂いに部屋が占拠されて、暫く胸焼けがするわ。
 いっそのことチョコレートじゃなくて、マヨネーズでも贈って来れば印象に残ったかも知れねーのに。何で、贈り物はマヨじゃなくてチョコなんだよ?。
 しかも、貰ったら贈り返さなくてはいけない?
「バカバカしい。ナニ?、その恩着せがましい愛の告白。俺ァ、菓子メーカーの陰謀には乗せられねーからな」
「うーわー、やっぱりモテる奴ァ、言うことが違うや。アンタ、たった今大江戸の女を敵に廻しやしたぜ。暫く夜道と女の気配に気を付けなせェ。むしろ後ろから刺されて死ね、土方」
「つーか、ちょっと待て。総悟」
 贈り先が土方になっていたチョコレートの殆どは、実は土方の口には入っていない。
 何故なら、それらは、この目の前の青年の腹に収まったのだから。