「そうだよ、お前人のモン食うだけ食って何も寄越してねぇじゃねーか」
危うく騙されるところだった。お返しをする気はサラサラないが、それ以前に貰ってもいないもののお返しを何故しなければいけないのだろう。しかし、それを聞いて、向かいに立つ総悟は意外そうな表情をした。
上がり框にいる総悟と、たたきに立つ自分。見下ろされている、というより見下されているようで正直気分が悪い。
「俺は確かに、14日にもアンタに渡しやしたぜィ?。それを受け取らなかったのは、アンタの自由でさァ」
自信たっぷりに言う総悟に反比例するように、土方の方が自信がなくなってきた。ここまで言うのなら、本当に自分はチョコを貰ったのだろうか、と。
記憶を巡らせている土方の前で、少し口を尖らせて、総悟は駄々っ子のように「ひでぇでさァ、土方さん」と呟いた。
「ちゃんと俺が配達した袋の中に紛れ込ませておいたのにー」
それを目の端に映しながら、お前が拗ねたって可哀想でも何でもないんだよ、と心の中で毒づき、総悟からチョコを貰わなかった記憶が間違っていなかったことに土方は安心する。
あぁ、そうか。それじゃあ、気付かないはずだよな。手渡される前に、総悟が預かってきた袋の中の無害なチョコは全部コイツに食われた挙句、残っていた物には毒やらヤバい薬が仕込んであると渡した本人から言われていたんだもんな。
「・・・って、それじゃ毒入りじゃねーか!」
「違いまさァ、失礼な。俺が仕込んだのは、ヤバい薬の方」
「どんな薬ィ?!」
その途端、総悟の目が三日月の様に曲線を描いた。
「知りたいですかィ?」
土方の背中に悪寒が走る。悪いことを考えているように見えるのは、見下ろされているという理由だけじゃない。
「イヤ、遠慮しとく」
「・・・・・。そうですかィ」
それ以上追求されることもなかったので、土方は本来の話題に軌道修正を試みた。そもそもは、ひと月前にチョコレートをあげたお返しを寄越せという強請りだったはずだ。
「あの袋の中のモンは、確認もせずに捨てちまったよ。だから、俺はお前からチョコは貰ってない。ということで俺は四九茂苦のクッキーもやる義務はねぇんだよ」
話は終わったとばかりに、土方が踵を返した。もうそろそろ巡回に出かけなくては、予定の時刻は過ぎてしまったはずだ。
しかし、その後を追うように総悟の声が聞こえた。
「確かに、14日には物が物だけに土方さんにしか渡してねぇんですけどね。他の連中からは、ちゃんとチョコのお返しが来てるんですよ」
何かを含んだ物言いに、再び土方が総悟に向き直った。
「あの時のは、アンタも確かに受け取りやした」
「・・・・・。いつの?」
「ひでぇや、土方さん。22日の話でさァ」
蘇る記憶。そう言えばあの時、確かにチョコを貰った、というか投げ付けられた。
しかも猫耳を付けた総悟に。
2月22日。
自室で書類の決裁をしていた土方は、休憩所や食堂がやけに騒がしいことに気が付いた。
しかし、今は夜勤の者以外は勤務時間ではないし、いつもの飲み会のバカ騒ぎ程度の騒音だったので、あまり気にも留めずに新しい書類に目を通していた。
その時、勢い良く襖が開く音と、同時に『失礼しやーす』という声が聞こえた。
毎度毎度同じことを繰り返すのは、お互い嫌だろうと思いつつも眉間に皺を寄せつつ振り向いて。
「2月のイヴェントまるっとお届けにゃーん」
総悟の姿に目が点になった。
ついでに、妖刀の呪いもちょこっと顔を出した。
イヤイヤイヤ、沖田氏。そういう台詞はそんな無表情で言っちゃダメでござるよ。もうちょっとこう可愛い仕草を付けてくれないと、萌えるに萌えられないでござ・・・。
「食らえ、土方。鬼はァ外ォ!」
エースピッチャー顔負けのフルポジションで投げ付けられた物は、勿論ボールではなく、しかしそれよりも小さい物が複数だったために威力は相応だった。
それは、土方の顔にめり込んでポロリと落ちる。
その衝撃のお陰で、妖刀の呪いから我に返ることができた。その時土方が見たものは、満足そうに微笑む総悟の顔。それは一瞬で、襖の奥に消えてしまった。
確かに付いていた。
総悟の頭に枯れ草色の髪と同じ色をした猫の耳が。
「あの時の屯所中の騒ぎは、『まるっとお届けにゃーん』の所為だったのか・・・」
「土方さんが『にゃーん』って言うと、キモい通り越して、鳥肌が立ちますから止めて下せェ。でも、その通りでさァ」
んで、これがお返し。と総悟は紙袋の中を示した。
それを眺めて、土方はこめかみを押さえる。一体、どれだけここの隊士たちはこの年下の上司に甘いのだろう。
「大体、なんだよ?『にゃーん』って」
「はい土方さん、ペナルティ。鳥肌通り越して、鮫肌になったらどうしてくれるんでィ。つーか、知らないんですかィ?、土方さん」
2月22日は、猫の日でさァ
初めて聞く記念日。天人の習慣なのかどうかは分からないが、これだけは言える。
大江戸の人間は根っからのイヴェント好きなんだと。
「それで、あの猫耳か」
「へィ。アレはちょっとしたお飾りで。ジオングの足みたいなもんだと思ってくれりゃあ」
「ジオングに足はねえよ!」
「偉い人には、それが分からんのです」
なんだか、変な方向に話が進んでいってしまっている。総悟と話をすると、いつもこうだ。土方は、再び話の軌道修正を試みた。
「お前、10円チョコ2.3個で見返り期待すんなよ」
「でも、土方さんだって貰ったしょう?」
土方の背後から、『副長、出られますか?』という部下の声が聞こえてきた。どうやら、通常時間にしっかりしている土方が、定刻に来ないことを気にした巡回相手が様子を見に来てしまったようだ。
声のした方へ『今行く』と返事をし総悟に背中を向け土方は歩き出した。扉を出た辺りで総悟の声が追って来る。
「土方さん、期待してやすぜィ」
一体、あそこの連中はどれだけ沖田総悟という人物に甘いのだろう。
巡回中、紙袋を抱える総悟の姿と最後に投げられた言葉を思い出し、視線を上げると間留井デパートの看板が見えて来た。
あそこの地下だったら、四九茂苦の店舗も入っているだろうか。
土方は、部下に一言言い置くと、自動ドアの前に立った。
一体、真選組の連中はどれだけ総悟に甘いのだろう。
そんなことをぼやきながら、土方は地下フロアを目指す。多分、近藤の次にあの青年を甘やかしていることに、彼自身気付いていない。
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