「新八、これあげるネ。受け取るヨロシ」
目の前に差し出された、綺麗な赤い花。一体何の冗談だろう、と思った。
万事屋だってサービス業。カレンダーなどあってなきが如しの24時間・年中無休の仕事だ。そんなわけで、日曜日である今日も、僕はいつものように出勤し、いつものようにだらけた二人を起こしご飯を与えて、いつものように掃除と洗濯をして、ちょうどそれが乾いたので、畳んでいるところだったのだけれど。
定春の散歩から帰ってきた神楽ちゃんにいきなり、赤い花を突きつけられた。
「ちょっと待って、神楽ちゃん。なんで僕?。僕男だけど?」
「知ってるネ、ダメガネと同じ染色体だったら、腹が立つアルヨ」
「なんかムカツク!、ミクロの世界を出すんじゃねーぞ!」
思わず畳み終わったばかりの銀さんのパンツを投げつけそうになった。いけないいけない、口は悪くても、神楽ちゃんだって年頃の女の子。こんな汚物を投げつけるなんて・・・。
「万が一、新八が女の子だったとしても、私が46番目の染色体引きちぎってXY(男)にしてやるから安心するヨロシ」
いよいよ、銀さんの縞々パンツを皺になるのも構わず、握り締めて振りかぶる。
だけど、それには全く気にも留めず、再び手の中の赤い花を僕の目の前に突きつけてきた。
「それより、新八。受け取るヨロシ」
その花を、見つめたまま固まった僕にに業を煮やしたのか、銀さんの下着の代わりに手の中の花を押し付けた。
・・・・・・・・・。花と交換する時に、神楽ちゃんが親指と人指し指の爪で銀さんのパンツを摘んだのは、見ないことにしておこう。
「新八、今日は母の日アル!」
「?。うん」
「地球では、母の日にこの花を贈るって銀ちゃんが言ってたヨ」
それは、知っている。今朝出勤する前に、姉上と仏壇の花をこれと同じものに変えてきたばかりだ。
でも、母の日と僕と、何の関係があるんだろう?。
ツッコミを発揮する普段の冴えた頭は、こんな時ばかりは油が切れたように上手く動かない。ギシギシと亀の歩みの様に動く頭のねじを動かして考えていると、その間に手の中の花と同じ色の塊が腰にぶつかって来た。
視線を落とせば、桃色のお団子頭と赤いチャイナ服。
「神楽ちゃん?」
「新八は、いっつも。銀ちゃんと私のご飯を作ってくれるアル」
「うん」
「石鹸の匂いのする服も、ふわふわのお布団も、全部新八が用意してくれるネ」
ケンカをして帰ってきた時は、絆創膏を貼ってくれる
銀ちゃんの帰りが遅くても、帰ってくるまで一緒にいてくれるから、寂しいと思ったことはない
「新八は、万事屋のマミーみたいネ」
「神楽ちゃん」
「本当のマミーはお星さまになっちゃったから、もうこの花はあげられないけど、ここには新八がいるから、あげられるヨ」
神楽ちゃんの腕に力が篭る。ちょっと痛いけど、不快にならない程度の強さ。
「いつもありがとうネ。大好きヨ、新八」
僕には、母性というものはないはずだけど、きっとこれがそれに近いものなのかも知れない。
女の子としてしてじゃない、だけど、とても愛おしい気持ち。強く抱きしめてくる神楽ちゃんの背に腕を回して、同じくらいの強さで僕も抱きしめ返した。
「こちらこそ、有難う。僕も神楽ちゃんが大好きだよ」
振り仰いだ神楽ちゃんの顔が心なしか赤い。きっと僕も同じくらい赤くなっているんじゃないかな?。
そんな気がして、少しくすぐったくて、こつんと神楽ちゃんとおでこをぶつけて笑い合った。
「こらこらこら。銀さんがいない間に、2人で何イチャイチャしてんですか?。職場内不純異性交遊を許した覚えはないですよ、コノヤロー」
ふ、と振り返れば、茶の間の戸に寄りかかったままの銀さんが呆れたように僕らを見つめていた。
この人、いつも気配を感じさせないけど、いつからいたんだろう?。
僕の体に隠れて見えなかった神楽ちゃんが、ひょっこりと顔を覗かせて勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「銀ちゃんは、交ぜられないアル。万事屋のマミーと娘の語らいをジャマすんなヨ」
「マミーって。新八、お前5日前にこどもの日のお祝いっつって、かしわ餅食ったばかりじゃん。子供になったり、お母さんになったり忙しいね」
銀さんが僕らに近寄って来た。だけど、不自然に右手が見えない。
「銀さん。右手、怪我でもしたんですか?」
僕の問いに、銀さんの体が心なしか硬直する。
「や、これはその、アレだよ。ちょっと右手サイコガンにしちゃったらカッコイイかなー?と」
「何、ワケわかんないこと言ってんですか?。怪我したなら見せて下さい。治療しますから」
救急箱を取りに神楽ちゃんから体を離した。タンスの上の茶色い箱を下ろしていると、後ろで『行け!、定春』と叫ぶ神楽ちゃんの声と共にバタンと大きな音がした。
振り向いた先に見えたのは、定春に押しつぶされている銀さんと、
「銀さん、その花」
右手に怪我した様子はなく、その代わりに贈り物らしくセロファンで包まれた、赤い花が握られていた。
「や、これは違うからね!。さっき歩いていたら、かご持った女の子が寒そうなカッコして『マッチ買ってください』って小さな声で言っていたからね!」
「銀さん。ソレ、マッチじゃなくて、カーネーションです。しかも、今は5月です・・・」
「銀ちゃん、素直に認めるヨロシ。銀ちゃんも万事屋のマミーにプレゼントしたかったアルな」
定春の上に乗っている神楽ちゃんにニヤリと笑われ、銀さんが逆ギレをして、定春諸共ひっくり返した。
「うるせーぞ!、大体なんで神楽もカーネーションなんか買ってくるんだよ!」
「新八に上げたいなら、それで良いアル。何を照れてるネ」
「大人の事情は複雑なんだよ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ2人を見ていると、まるで同レベルに見える。子供が2人いるみたいだ。
『家族と思ってくれて良いんですからね』
以前、僕が銀さんに投げつけた言葉。
なんだか、その言葉を銀さんが無意識に受け止めてくれたようで、心の中が温かくなる。
赤いカーネーションを照れくさそうに買う銀さんを思い浮かべて、僕はなんだかおかしくなった。 |