雨の日もライオン 吊り橋を揺らす
金色の琥珀を 銜えて
今日の土産は いつも無口な
お前によく似た色の小石 |
「結局、あのタンポポは、ライオンの存在を認めていたのでしょうか?」
珈琲のお替わりを注ぎながら、八戒が呟いた。手渡されたマグカップを受け取りながら悟浄は、紅い瞳をキッチンから戻って再び先程のソファに腰をかける青年へ向けた。珈琲を一口啜ってから独白のように呟いた。
「もし、認めていたとしても、そうでなくても、哀しい歌ですよね・・・」 |
響く雷鳴 落ちる吊り橋
痛みに目を覚ませば
空は遠く 狭くなった
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淹れたての珈琲を冷ますように、八戒のほぅ・・・というため息がカップの中の液体に飲み込まれる。たった一つの曲にここまで想像が広げられるとは、思い入れも強いのだろう。心持ち伏せた八戒の顔を見つめながら、問い掛けた。
「なんで?」
ハイライトを一本取り出す。しゅ・・・というライターを擦る音が部屋の中に響いた。
少なくとも、他の者から嫌われていたライオンはタンポポと出逢ったことで、独りぼっちではなくなったのだからそれはそれで幸せではないだろうか?
そう悟浄が告げると、八戒が困ったように眉尻を下げて答えた。
「だって、そんな優しいライオンは嫌いじゃないですが、それじゃ、ライオンの独り善がりで終わっちゃうじゃないですか」
先程、そのライオンに似ていると言われた悟浄は、少なからずショックを受ける。確かに、八戒らしいと言えば八戒らしいスパイスの効いた見解だが、そんな言われようじゃ浮かばれねーよと、少々哀しくなってしまう。
「独り善がりで終わってしまったら、ライオンがちょっと可哀想です。でも、もしもタンポポがライオンと本当に友達だと思っていたなら、タンポポが可哀想過ぎませんか?」 |
この元気な声が 聴こえるか
この通り 全然平気だぞ
濡れた頬の 冷たさなど
生涯 お前は 知らなくていい |
「きっと、ライオンは毎日のようにタンポポのもとを訪れていたでしょう。そして、タンポポは自分のところに訪ねて来てくれるライオンを心待ちにしていたと思うんです。ものも言わない、動けもしない自分の元に他の誰でもない自分を求めて来てくれるのですから・・・」
―――ふと、吊り橋の向こうで一輪ひっそりと咲いているタンポポの姿が、頭の中に浮かんだ。そこへ、ライオンが吊り橋を揺らしながら歩いて来る。タンポポの前に座って、長い長い時間何をするでもなく一緒に過ごす。1頭と1輪の間には、穏やかな時間が流れているのだろう。
それが、ある雨の日からぷっつりとライオンが来なくなるのだ。確かに、あの日雨の中でライオンの声は聴こえていたはずなのに・・・。自分は動けないから、ライオンを捜しに行くこともできない。そのままライオンを持ちつづける日々が続く。―――
「いきなり自分の大事なものをなくすなんて、耐えられませんよね?」
ライオンとタンポポの情景を頭の中に浮かべて、暫し自分の空想の世界に入っていた悟浄が我に返ると、八戒の碧の瞳が自分をじっと見つめている。その瞳の色がいつもより深い色に感じるのは気のせいだろうか?
「僕だったら、ゴメンです。また、雨の日に大事な存在が消えてしまうなんて・・・」
いつの間にか、手の中のマグカップは温もりをなくしてしまっていた。
突然、取り繕うように八戒が明るい口調に切り替える。
「あぁ、もう日が傾きかけていますね。洗濯物、乾いたか見て来ます」
温くなってしまったマグカップをテーブルに置き、外に続く扉を開けるべく、悟浄に背中を向けた。
雨の日に一度、大事なものをなくしている彼は、一体どんな気持ちでこの曲を口ずさんでいたのだろう?悟浄は短くなってしまった煙草をぎゅっと灰皿に押し付けて、ボソリと呟いた。
「少なくとも・・・」
八戒が扉に手をかけたまま、くるりと振り向いた。視線の先には相変わらずだらしなくソファに寄りかかっている紅い髪の男の後ろ姿が見えた。
「俺なら、お前に黙って何処かに行くことはないと思うから」
碧の瞳がきょとんと見開かれ、次いで微笑みの表情に変わる。彼の一言で心の中の何かが吹っ切れてしまった自分が可笑しい。自分と悟浄の関係は、信頼しあい、対等であると思っていたのに、心のどこかで悟浄に頼ってしまっていたところがあったようだ。
ふと、あることが閃いた。
「悟浄、もしかしたら、タンポポだって動けないからと、捜しに行かなかったわけじゃないかも知れないですね」
次の春に、ライオンが落ちた谷底まで花を咲かせたのは、大事な友達を長い間探しつづけた、たった1輪のタンポポなのかも知れない。
そして・・・。
きっとライオンは、死ぬまで憧れつづけた姿に生まれ変わったのだろう。 |
季節は巡り 春が訪れ
谷底まで 金色の化粧
一面に咲く タンポポの花
ライオンによく似た姿だった |
参考資料・アルバム「jupiter(BUMP OF CHICKEN)」
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