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寒空の下で・2
寒い日だからだろうか。市場には、思ったより人の姿は見えなかった。その中を、ダークブラウンのジャケットを羽織った青年と、白いロングコートの青年が店を物色しながら歩いていく。
背が高い上、受ける印象は違えどもそれぞれにルックスの良い男性2人が、手に大根や葱がのぞく紙袋を持って歩いている姿というのは、傍から見れば少し違和感を覚える。しかし、2人はその場所にしっくりと馴染んでいた。
彼ら、特に碧の瞳の穏やかな顔つきをした青年は、ここの常連なのだ。その証拠に店先に止まって商品を眺めていると、必ず店の主人が親しげに声を掛けて来る。
「よお、八戒。・・・・・なんだ、今日は悟浄も一緒か」
肉屋の前に来たところで、主人が威勢の良い挨拶をしてきた。おまけ扱いされた悟浄が、何だとはご挨拶じゃねーかと文句を言う隣で、八戒と呼ばれた青年が笑顔で挨拶をしている。
「こんにちは。今日は何か良いものが入ってますか?」
八戒の問いに、陳列棚の一番目に付きやすい場所に置かれている肉の塊を大きな手で示す。
「今日は良い牛肉が入ったんだよ。どうだい?こんな寒い日には、鍋なんか良いんじゃないか?」
好みの厚さに切ってやるよと笑顔で言う肉屋の申し出に、悟浄が水を注した。
「あ、わりぃ。俺んち鍋の道具ないんだわ」
「―――すいません。じゃあ、今日はこの挽肉を頂きます」
手際よく挽肉を紙で包んでもらい、代金と引き換えてそれを受け取ると肉屋の前を離れた。悟浄は煙草に火を点けながら、隣を歩く八戒に声を掛ける。
「ナニ?」
「え?」
「いや、さっきから俺のこと見てるな~。と思ったんだけど、勘違いだった?」
それとも、あんまりイイオトコでウットリしちゃった?とふざけて笑う悟浄に、いつもどおり目が2つ、鼻と口が1つずつ付いてますよと返し、「ただ、意外だなあと思って」と言葉を続けた。
「そう言えば、悟浄の家に鍋物の道具がなかったと、今気付いたんです」
「あぁ、俺嫌いだから。鍋物」
「嫌い・・・なんですか?」
「そ。意外?」
思わず頷いてしまった。
悟浄は、酒場でも賭博場でも人気がある。ルックスの良さと彼の人柄のお陰で、異性からはもちろん、同性からも人気が集まるのだ。だから、みんなでわいわい集まって、鍋でも囲みそうだと思ったのだが・・・。
だんだん短くなってきた煙草を処分して、新しい煙草に火を点ける。一服吸ってから、煙を吐き出し八戒に向かってニヒルな笑顔を見せた。
「前にも言ったと思うけど、俺、あの家に人呼ばないの」
「・・・・・。僕が聞いたのは、女性を連れ込まない話でしたけど?」
道端に転がされて踏みつけられたハイライトを見て、眉をしかめたまま悟浄の言葉に返事をする。そのしかめ顔を見て、ニヒルな笑顔はごまかすような笑顔に変わる。
「あの家には、男も女もあまり人は呼ばねーな。鍋やるんなら、どっか違うヤツの家に行くからさ」
一人暮らしに鍋はいらねーだろ?と隣に視線を移してふと、八戒の笑顔に違和感を覚えた。それは、強いて言うなら「安心した笑顔」。そんな顔をした八戒に、今度は悟浄のほうが怪訝な表情になった。
「ナニ?お前も鍋嫌いなの?」
「はい。僕、鍋物をやっていて、楽しいと思ったことないんです」
今度は、悟浄の方が意外そうに目を見開いた。自分よりも、彼のほうが鍋の雰囲気に似合いそうな感じがしたのだが・・・。
「僕、花喃―――姉と出会う前は、何をやってもあまり楽しいと思ったことがなかったんです。自分と彼女以外の人は誰も信じられませんでしたから・・・」
だから、鍋物が楽しいはずはないんですよね~。と、のほほんと笑顔を向けられても、なんとコメントを返して良いか分からない。
笑わない八戒・・・。それは、悟浄の中では、ワニの腹筋と同じくらいあり得ないものだった。
「じゃあ、ネーチャンとやった鍋は楽しかっただろ」
とりあえず、この笑顔に合うような話題に話を移そうと質問をしたが、それに返された八戒の答えを聞いてこの質問は失敗だったと後悔する。
「花喃とは、鍋物をやったことがありません。その季節になる前に連れ去られてしまいましたから・・・」
自分のことを淡々と話す八戒の表情はとても穏やかだ。それだけに、瞳の碧の深さがひどく強調される。
もう、悟浄はなんと言って良いか分からなくなってしまい、顎の辺りまで伸びた紅い髪をがしがしとかき混ぜる。それが終わったと同時に、何かを思いついたように八戒に向き直った。
「八戒、今日の食料調達はもう終わり?」
いきなり、変わった話題についていけないまま「はい」と答える。その答えを聞いて、悟浄は「もう一軒付き合ってよ」と、いきなり進行方向を変えた。何がどうなっているのか分からないまま、コートの裾を翻し悟浄の後に続く。
連れて来られた先は、金物屋だった。
何も言わず、店の中に入った悟浄は目の前にあった深さは7.8cm程度だが、直径が40cmはありそうな円柱型の鉄鍋を手に取った。
「うわ、重」
「悟浄?」
その様子を見て、八戒が説明してくれと言うような表情をする。問われた方は、鉄鍋の重さに顔をしかめながらそれでも笑顔を向けて一言。
「スキヤキ鍋、買おーぜ」
「悟浄・・・」
その、単純な一言を聞いて八戒は益々困惑の表情を深くする。悟浄も自分も鍋物が嫌いということで話は纏まった筈なのに・・・。悟浄の意図していることが理解できず、またしても八戒の眉尻が下がる。
「今まで1人暮らしだったからさ、鍋なんか要らなかったけど、今度は1人暮らしじゃないから鍋物ができるじゃん」
「でも・・・」
「何?お前、俺のことも信用してないの?」
結構信頼されてると思ったのになあ、と1人ごちる悟浄にそうじゃないんです、と慌てて否定する。
「だったらさ、とりあえず鍋やってみて、楽しいかつまんないか試してみよーぜ」
まるで、子供のような笑顔を向ける悟浄に、もう何も言えなくなってしまった。
視線を自分の足元に向けて暫し考えた。今まで、鍋物をしていて楽しかった記憶はない。だからこそ、躊躇してしまう。悟浄のことは信頼しているけれど、本当に鍋物などやって楽しいだろうか?と・・・。
他人からしてみればバカバカしいことかも知れないが、八戒の中ではトラウマのようなものだ。それを打破するのは、少し勇気がいる。
視線を上げて、新しいオモチャを試すような悟浄の笑顔にもう一度向き直る。それで少し自信が出て来た。彼と一緒なら、もしかしたら楽しいかも知れない。
いつもの穏やかな笑顔を悟浄に向けて返事を返した。
「分かりました、試してみましょう。でも悟浄、いくら僕達が男だからって、その鍋は大きすぎませんか?」
食の管理人からOKが出たことにとりあえず安心して、悟浄はにやりと笑う。
「ばーか。俺たちより、モリモリ食べるノーミソ胃袋がいるだろーがよ!」
その人物に思い当たって、八戒はクスクスと笑った。
「4人で鍋ですか、それは楽しそうですね。じゃあ、まずスキヤキをマスターするのに、早速今晩使ってみますか?」
そう言いながら、八戒の頭の中ではこの後のスケジュールが組み立てられていた。
この店を出たら、まず肉屋へ行こう。本日オススメの牛肉を2人分切ってもらって、本屋で鍋物の本を購入しなければ・・・。
外は日も落ちてきたこともあり、どんどん寒さが強くなっていた。しかし、その分暖かさが感じられるのなら、こんな日に出掛けるのも悪くないかも知れない。
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・・・・・。
お疲れ様でしたー!
しかし、おかしいなあ…。こんなに長くなるはずなかったんですが・・・(^^;)
「月刊ゼロサム・7月号」を読んで「なんで『大きなスキヤキ鍋』を買ったの?」とちょっと疑問にに思ったところから出来上がりました。
本当に突発です。
今後の時間軸より、もっと先のお話になってしまいました。でも楽しかったv
(2002/6/1UP)