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雨。4
目を覚ますと、見慣れない天井があった。
悟浄は一瞬自分が何処にいるのか記憶をたどり、あぁ、と思い当たる。
結局、八戒の寝息が穏やかになったのを確認して、安心したのだろう、いつの間にか自分も眠ってしまったらしい。自分は、今八戒のベットを占拠している。
まだ、半分ほどしか覚醒していない頭を無理やり起こしつつ視線を巡らせると、窓から陽の光が入ってくるのが見えた。
昨晩の大雨が嘘のような天気である。
そこまで来てやっと、視界にこの部屋の主がいないことに気付き、がばりと起き上がる。しかし、耳を澄ますとキッチンからの物音と一緒に聞きなれた青年の明るい話し声が聞こえてきて、どうやら、自分がぼんやりしている間に消えてしまったわけではないことを確認し、大きく息を吐いた。
話し声が聞こえる、と言うことは誰かが尋ねてきたらしい。しかも、時々笑い声が混じる穏やかな話し声。八戒がここまで気を許せる相手は悟浄の知る限り2人しか知らない。
その2人の顔を思い浮かべて思わず眉をしかめながら、ベッドから這い出るとリビングへ向かった。
その扉の先には、果たして予想通りの顔があった。八戒の定位置の向かいに座る金髪の青年の姿を見とめて、先ほど作ったままの眉間の皺が深くなるのを感じた。
「おはようございます、悟浄」
扉の開く音に気付いた八戒が笑顔を向ける。その碧の瞳がいつも通りの色だと確認してホッとすると同時に、狐につままれた気分になる。昨日のことは夢だったのではないかと思うほど、変わらない風景。八戒は笑顔を向けたまま言葉を続けた。
「お客さんが来ていますよ」
「客?」
紅い目に映る穏やかな笑顔から少しずらすと、客と呼ばれた人物に視線を合わせる。
まるでこの家の主かというほど当然のような顔をした三蔵は、普段悟浄が座っている席に踏ん反り返り新聞を広げていた。こんな態度の男を相手に、八戒はあんなに楽しげに話をしていたのかと思うと、益々面白くなくなる。それが彼の常であるとは分かっていても、だ。
悟浄の苦虫を噛み締めた表情に気付くことなく、八戒は来客に訊ねた。
「悟浄が起きて来たので、昼食を作ろうと思うんですが、食べて行きますよね?」
「ああ、朝食を摂らずに来たからな」
「じゃあ、今日は少し豪華にしましょうか、ちょっと時間が掛かりますけど、大丈夫ですか?」
「そのくらい待てる、心配するな」
八戒が席から立つと同時に、三蔵が悟浄に向かって目線で座るように促した。
「今日は1人なのか?」
椅子に座りながら、いつも三蔵の周りにくっついている少年の姿がないことに気付き訊ねると、めんどくせーから置いて来たと、素っ気ない返事が返ってきた。その間、悟浄と三蔵に淹れたての珈琲を持って八戒が現れる。そのままキッチンに戻っていく後姿を紫暗の瞳が見送った。これで暫くリビングに戻ってくる事はないだろう。どうやら、八戒がらみの大事な話らしい、それも、本人に聞かれたくないような…。
昨晩八戒の部屋に持って行ったはずの灰皿は、リビングに戻っておりマルボロの吸殻が山を作っている。それを見とめて、悟浄もハイライトの箱から一本引き抜き、火を点ける。
「ナニ?」
「・・・・・。昨日、大変だったろう?」
思わずむせてしまった。八戒が何事かとキッチンから顔を覗かせたが、苦笑いをしながら手を振ると、それでも心配らしい表情を作りながら顔を引っ込めて中断させられた作業を続ける。
涙目になりながら、視線を三蔵に向ける。幾分バツの悪い表情になっているのは気のせいではないらしい。新聞に目をやりながら、少々早口で言葉をつむぐ。
「眼科医から報告があったのを忘れていた。雨の日のアイツに気をつけろ、とな」
「そっ・・・・・・!」
「それを早く言えっての!」と大声で叫びだしそうになったのを紫暗の瞳に睨まれて、思わず飲み込んだ。2.3回、煙草をふかしてから、まだ長いそれを灰皿に押し付けつつ、同じ台詞を今度は静かに吐き捨てた。
斜陽殿で処分を言い渡されてから、抉り取った右目に義眼を付けるため、眼科に入院していたのは悟浄も知っている。そこからの報告なのだ、言ってくれさえすれば、対処のしようもあっただろうに。イライラしながら、本日2本目の煙草に火を点ける。
「で、どうだったんだ?」
「どーもこーもねーよ。雨の中飛び出して蹲ってるし、イッちゃった目で知らねー誰かの名前呟くしで、一瞬八戒に見えなかったほどだぜ」
「あれは八戒じゃねぇ」
「ハイ?」
「あれは『猪悟能』だ」
雨の日には、八戒は『悟能』になる。それも、百眼魔王の城に乗り込んで行った時まで記憶が遡るらしい。その他にも三蔵は細かい報告を受けていたのだが、あまり面白くない状況の報告なので悟浄にはあえて伏せておくことにした。
視線を、まだキッチンから現れる様子のない八戒に向ける。
「今朝の奴の様子を見る限り、危険なことはなかったようだな」
「危険・・・?な事はなかったぜ?」
悟浄の返事を聞いて、三蔵が驚いたとでも言うように眼を見開き相手の顔を眺める。一方悟浄の方はこんな表情の三蔵は珍しいと思いつつ、言葉を続けた。
「だって、確かに雨ン中で起こした時はイッちゃった顔してたけど俺のことちゃんと分かったし、すぐいつもの八戒に戻ったし、別に危険なことは・・・」
悟浄が言えば言うほど、三蔵の表情は珍しいものになっていく。咥えたマルボロが口の端から落ちそうになっているのにも気付かないらしい。「オイ三蔵、煙草」と促してもらってやっと気がついたようだ。吸わないまま半分近く灰になってしまった煙草を忌々しげに灰皿に押し付けると、また袂から赤い箱を取り出した。一本抜き取って、気を落ち着かせるように深く吸いこんだ。
「・・・。何もしていないのか?」
「って、ナニを?」
「・・・・・。イヤ・・・」
三蔵が悟浄に伏せておくことにした面白くない状況。
雨の日に『猪悟能』に戻ると、雨が止むまで彼は『猪悟能』なのだ。百眼魔王の城に向かおうとしてそれを止めようとした看護師に怪我を負わせたことも多々ある。もともと、戦闘には不慣れな病院のスタッフだ。精神安定剤に頼っても責められはしないだろう。しかし、酷い時にはベッドに固定していたと聞き、それでは別の病院のようではないか。と、報告を受けている最中三蔵はかなり不機嫌になった。その間、バカ正直に話してしまった眼科医を不機嫌のオーラで震え上がらせてしまったが、それは仕方がない。
ところが。
昨日は一晩雨が降っていたはずなのだ。悟浄は、腕力には自信があるらしいがどちらの様子を見ても、諍いの様子は窺えない。
なおも言い募ろうと、三蔵が口を開きかけたとき、キッチンから声が聞こえて来た。
「お待たせしました。昼食が出来上がりましたよ」
時間切れになってしまった。しかし、とりあえず2人とも無事に雨の夜を過ごすことが出来たのだ。それで良いことにしよう。そう、思い直して少々どころか、かなり豪華な昼食を胃袋に収めると、三蔵はそのまま長安に戻って行った。
「お前、八戒だよな?」
その晩、食後の珈琲を飲みながら、悟浄が向かいの席に座る青年に向かって尋ねる。
こんな時、自分の語彙の貧困さが恨めしくなる。もうちょっと言いようがあると思うのだが・・・。
一方訊かれた方は、一瞬何のことだろうと言うようにきょとんとしたが、何か思い当たったらしく、すぐに穏やかな笑顔を見せた。
「そうですね、僕は『猪八戒』です。『猪悟能』は花喃が連れて行ってしまったので・・・」
「カナン・・・?」
「僕の姉です」
昨日、彼が呟いた名前はそれだったのか、と思い出した。『彼』は、あの時、何を見たのだろうか?
悟浄がそんなことをぼんやりと思っている間にも、八戒の言葉は続いている。
『悟能』の魂は、花喃が死んだ時に連れて行かれたんだと思います。その後すぐ、身体にも死ねるほどの傷をつけられて、あぁ、僕の魂は先に行っちゃったけど、これで肉体も追いつけるんだと思いました。そんな時、貴方の姿を見たんです。
――― 一面の紅 ―――
逃がさない、罪を償え、そう言うように見せ付けられた紅。あの時、僕の身体は『悟能 』の魂から、離された気がします。だから、『悟能』の魂は、花喃が持って行ったままなんです。
とうとうと、まるで架空の物語を話すような口ぶり。碧の瞳は穏やかなままだったが、それが尚更締め付けられるように感じる。
「・・・・・・。悪かったな」
「え?」
「カノジョと離しちまってよ」
やはり、語彙の貧困さが恨めしくなる。こんな言葉以外にもっと良い言葉があるだろうとは思うのだが、女を口説くようにはいかない。そんな軽々しい台詞では追いつかない。
珈琲を一口啜る。そのまま彼を縛りつけた色の瞳を隠すように、視線をカップの中に落とした。
暫く静寂が続いた。沈黙を破ったのは、こくんという珈琲を一口含んだ音。その後、穏やかな声が耳に響いた。
「いいえ、僕はこれで良かったんだと思います」
俯いたままの悟浄の髪を瞳に映しながら、言い募る。
「以前、貴方のその色を『戒めの色』と言いましたが、魂を連れて行かれた僕に生きるように導いてくれたのは、貴方のその色だと思うんです」
貴方の紅を見止めた時から、僕は『猪悟能』という器に『猪八戒』の魂を持っていたんですよ?
視線が上がる。碧の瞳とぶつかった。穏やかな笑顔に、昨日自分を遮ったような雨は見えない。思わず、喉の奥から笑いがこみ上げて来た。
「何ですか?」
「イヤ、八戒だ、と思ってよ」
くくっと言う笑いが止まらない。「当たり前じゃないですか」という呆れたような声が耳に届くが、心の中にわだかまっていたモヤモヤが漸く払拭できたらしい。
笑いを収めようと、窓の外に視線を向ける。
四角く切り取られた景色から、満月がのぞいていた。
どうやら、明日も晴れるらしい。
<
3
・・・・・。お疲れ様でしたー!
長い・・・、長いよ・・・。後半に行くにしたがって長くなってしまいました。(それでも、他のサイトさんから比べれば短い方ですよね?)
やはり「BE THEAR」がらみでちょっと思うところがあってのUPでした。あえて「コレ!」とは書きませんが・・・。受け取る側の方に上手く届いてくれていれば良いのですが・・・、う~む。
さて、PCが壊れていた間に書き溜めていたストックはこれで全部なくなりました(爆)。後は、頭の中にあるものをチビチビと出して行くことにします。
(2002.8.14UP)
本編はここまでですが、おまけ付です。
別に読まなくてもいいとは思いますが、お気が向いたらぜひどうぞ。
「山崎の作品でカップリングなんて~~~」
「58なんて許せない」
「別に温いのは読みたくない」
「・・・・・・。パクリかよ!」
以上の条件に当て嵌まる方はこのままプラウザを閉じていただくのが賢明です。
それでもOKという方は、
こちら
からどうぞ。